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こんな事ってあるか
桜が咲き誉れ、学園への道に花弁が吹雪き今年も新しい風が吹いてるなと感じる本日。本日、星ヶ丘学園の入学式で一昨年卒業した身としてはこの風景を見る度感慨深いものがある。
そして卒業した自分が、何故ここに居るのかというと…本当は卒業してそのまま大学に上がる予定だったのが、寮の管理と生徒の相談役を頼まれたのだ。大学の在学期間4年間分努めたら大学卒業を認める事を条件に。
こう見えて学生時代、成績は主席をキープしてたので態々大学で学ぶ事も無いかと思い引き受けたのだ。
俺、藤無遥、現19歳学園に雇われています。
そして、信じ難いと思うかもしれないが俺には前世の記憶がある。それは、別の世界で『勇者』と呼ばれていた前世。神に聖剣を与えられ、強大な力を持ち魔王討伐の為に戦い続ける神の戦士。
そんな俺が、異世界で死んでこの日本に生まれた。まあこんな平和な世界で前世みたいに戦い漬けなんて妄想かって話だし、魔力とかも感じない。
平穏なこの生活を俺は気に入っている。
今日の俺の役割は、1-Aクラスの生徒達に花を胸元にクリップで止める作業がある。担当の場所に向かうと、そこに同じ担当を請け負う以前の担任が既に準備を進めていた。
「橘先生、おはようございます。」
「ああ、遥君。おはよう。」
物腰柔らかく笑い、麦色で肩くらいの少し長めの髪が後ろで纏められた秀麗な美人の橘惣衛先生。俺の学生時代、三年間担任だった人。とても俺の事を気に掛けてくれて優しい先生。今となってはこうして元担任と顔を合わせるのも慣れたものだ。
「寝坊しなかったのは偉いですね。」
「流石に今日寝坊したらマズイでしょう…。」
今日じゃなくても寝坊はしてはいけないけども…。
「クス…学生の時は度々寝坊する君を寮の部屋まで起こしに行ってましたね。」
「まあ…その節はどうも。でも、普通いち教師が寮まで起こしに来るのも珍しかったですけど。」
「そう…ですね。まあ僕の習慣みたいな所が染みついてしまっていて。」
「へぇ…。」
習慣…?俺そんなに寝坊してたかな…。それとも先輩たちの中に居たとか?
橘先生の懐かしそうに慈しむ笑みにどこかひっかかりを覚えたが、それ以上は特に何も言うことなく入学式の準備を再開した。
それから時間になり新入生達が続々とやって来る。俺は名簿を確認しつつ順番に花を胸元に付けていった。
―そして俺はこの時の事を生涯忘れる事は無いだろうという事件が起こる。
「では次の人ー。」
「…黒峰臣都です。」
「はーい、黒峰君ね…えっと…くろみ…。」
名簿を確認して思考が止まる。それは、その字は見た事がある。記憶より低くなった声に恐る恐る顔を上げると、それはもうとても整った顔をした男が妖し気に微笑んでいた。
「久しぶり、遥。」
「お、おま…臣都…!?」
俺の驚いた様子を他所に、唇に暖かい何かが触れる。
「んっ…!!?」
俺の後頭部を押さえる様に臣都の大きな手が来て、もう片方の手で俺の手を握っている。そして俺は臣都にキスされているのを理解するのに時間が掛かった。
桜が風に吹かれ散る中、俺は男に…昔馴染みに衝撃的なキスという挨拶をされたのだった…ー。
「何してるんですかっ!?」
「……ハッ…!!」
焦った声の橘先生に引き剥がされ俺は意識を現実に戻す。橘先生は俺を自分の背に隠すように抱えた。臣都の方を見ると、舌をペロと唇を舐めただじっと俺を見ている。俺はただ茫然として臣都に視線を向けるが、そんな自分とは裏腹に臣都は嬉しそうに微笑む。
「ちゃんと俺を覚えてたようで安心した。つい勢いでキスしちゃったけど許して。」
つい?勢い…?全く悪びれてない様子に沸々と怒りが湧いてくる。
「…そこの先生。遥には何もしないから離してくれません?」
「入学早々何をしたか分かっているんですか?」
橘先生がここまで怒った感情を出してるの初めて見た気がする。いや、本当なら俺が怒らないといけないんだけどまだこの状況を飲み込むのに時間が欲しいところ。
「何って、嬉しい感動の挨拶ですよ。海外でもやりますよ?それに女性に対してやった訳では無いのですから可愛い悪戯と思ってほしいです。」
「悪戯ですって…?」
や、やばい…他の新入生たちが困ってる…!
「橘先生!俺は大丈夫ですから!ほら、花!じゃあさっさと行け!」
「…じゃ、後でね遥。」
ふぅ…大人しく会場に言ってくれた…。
その後、他の新入生達からの痛い視線に耐えながらも何とか全員に花を付け終えた俺は橘先生と片づけをしていた。…のだが、さっきから一言も話さない橘先生との間に沈黙が続いている。
どうしたもんか…と考えていると橘先生の方から先に言葉を発した。
「…さっきの彼…黒峰君とはお知り合いなんですか?」
「あ、あぁ…そう…ですね。俺が中学2年生の時に隣に越して来た家族の一人息子で色々あって家で預かったり面倒見てた事があって…。ただ、俺が引っ越してから連絡も一切取ってなかったので今日この学園に入学してきたのは驚きました…。」
「……そうですか。」
…そう。中学二年生…つまり13歳の時に9歳の臣都と出会った。それこそ衝撃だった。
隣に越して来た黒峰家族が家に挨拶に来た時、初めて臣都を見た瞬間心臓が跳ねて魂が叫んだんだ。
ー魔王…―――と。
俺が勇者の前世の記憶持ちだからか、瞬間…自分の魂がそう気付いた。あいつが気付いたかは知らないけど俺は冷や汗もんだった。
それにしても、あいつ…ガキだった頃の方が魔王っぽかった気がするんだけど…何であんな普通になってるんだ…?
「遥君。」
「あ、はいっ…。」
「君はもう学生ではないのだから、今後より気を付ける事。いいね?」
より?まぁ、でもそれはその通りだ。俺は学生じゃないし、今は学園に雇われ側の人間なんだから問題は起こしたら駄目だ。…今回のは不可抗力という事にしてほしいけれど。
「…でもさっきのは君の落ち度じゃないから気にしなくていい。」
「はい…ありがとうございます…。」
優しく頭を撫でられ少し照れくさく感じる。橘先生は、仕方ないという小さな笑みで見てくれた。さっきの怒ってる顔はもう無さそうで安心した。意外にこういう人が怒ると怖いんだと知った。
それにしても臣都がこの学園に入学したのはただの偶然なのか…。俺の所在地を知る人との連絡手段なんて無いだろう。偶然にしてはさっきの話し方…俺がここに居るのを知っているようだった。
もしかして…勇者の記憶を持つ俺を追って来た……なんて事あるか…?それだと、俺は何の為にあいつの面倒をガキの時に見てたと思って…!
けど、まだそうと決まった訳じゃない…。魔王の気配が近くにあると身構えてしまうのは前世の名残で仕方がない部分。まずは落ち着いて様子を見るしかない。
魔力が無いこの世界で暴れるなんて出来ないだろうし。
「はぁ…俺の平穏な生活が…。」
今世は前世と違って年下(元)魔王に翻弄されると考えると頭が痛くなる遥であった。
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