終章

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「すず。その前に話すことがあるんじゃないのか」  助け舟を出すように、玄介がすずにそう声をかけた。が、すずはがばりと顔を上げると、玄介を睨みつける。 「安否確認より先にすることがあるかい」 「安否はわかってただろ。手紙だってやりとりしてたんだから」 「……そうだけど」  すずは不本意そうに顔を歪めると、しかし、納得はしたのか、ゆるゆると蒼から体を離した。それから、蒼と目を合わせるようにその顔を覗き込む。そして、言う。 「あたしは、どうやら勘違いしてたみたいだ」 「か、勘違い?」 「菊彌に聞いたんだよ。あんたがあたしを怖がる理由を」  蒼ははっとしたように菊彌を見る。菊彌はそれに「はは」と曖昧に笑顔を返す。数日前、すずと玄介とともに学び舎から村へと向かう道中、菊彌はそんな話をしたのだった。 「あんたがあたしを怖がるのは、全部のきっかけになったビードロをあたしが渡したっていうのもそうなんだけど……」  と、すずの言葉が濁る。どこか言いづらそうに、すずの目が泳いだ。そんなすずに、玄介は「はあ」と呆れたようなため息を吐く。そして、口を開いた。 「こいつ、ガキには嫌われるたちなんだよ」  あと動物も、と最後に玄介は言い足す。蒼は「え」の形に口を開いたまま、呆然とすずと玄介の顔を交互に見ていた。そんな蒼に、玄介は堪りかねたように「はは」と笑った。 「まさか、すずがこんなに蒼を怖がらせるような顔をしてた、とは」  笑い交じりに言った玄介の言葉に、蒼は、そしてすずもまた、はっとしたように同時に玄介を見る。そんなふたりに、玄介はまた笑った。玄介につられるようにして、菊彌も思わず笑いを零してしまう。 「ちゃ、茶化すんじゃないよ!」  すずが叫ぶが、玄介はそれに物怖じしない。笑ったまま、蒼に向かってにやりと笑って問う。 「あのとき、すずはどんな顔してたんだ?」 「え……」 「ちょっと、玄介!」  蒼は、ますますわからない、とでも言うようにすずと玄介を交互に見る。けれど最後には、助けを求めるように菊彌へと視線を向けてきた。菊彌はまた「はは」と笑ってから、口を開いた。 「すずさんは、朔太郎さんに頼まれてゆきさんのこととか、『変革』のこととか、一緒に調べてくれてたんだよ。玄介さんもね」 「……え?」  戸惑いを隠さない蒼に、菊彌は「うん」とひとつ頷く。 「全部、事情は知ってたってこと。朔太郎さんが『変革』を起こそうとしてるのも知ってたのさ。ただ、それにたくさんの人を巻き込むことまでは同意してなかったから、事が起こってからは学び舎側についてたんだって」 「付け足すなら、俺らは『変革』自体は止めるつもりはなかったさ。それがゆきさんの解放に繋がるんであればな。だが、それに関係のない人間を巻き込むもんじゃない。だから、避難誘導には参加してたってこと。朔太郎さんもそれについては認めてくれてた。それから、朔太郎さんが死のうとしてたのも、知らなかった」 「そんで、あのビードロ」  菊彌は言葉を次ぐ。 「あのビードロこそ、『変革』を引き起こすために必要なものだった。水を呼ぶものだからな。もともとすずさんがビードロを持って朔太郎さんのところへ訪ねてきたのは、あれを使って洪水、つまり『変革』を引き起こせないか、って、要は情報提供だな、しに来たってわけさ」 「……そう」  と、ようやく、すずが口を開く。菊彌のあとを継ぐように、語り出す。 「そう。で、あんたに賭けをもちかけられて、まあどちらにせよ蒼に渡しておけば朔太郎さんの目に触れるだろう、と考えてそれに乗ったんだ。ただ、あんたの力があそこまで強いってのは、本当に想定外だったんだけど」 「それで結局、ビードロ自体は、蒼が自分の力を操るための道具として持たせることになった。だから結局、今回の『変革』は別の方法を探さざるを得なくなって、朔太郎さんは蒼が学び舎に入ったあとはほとんど屋敷に帰らないくらいあちこち飛び回ってたってわけだ」
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