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いざ関空へ! 5-1
空へ向かう飛動は静かだ。
わずかな振動も感じられない。神経を張り巡らした鼓膜には、身近な二人の呼吸さえも聞えなかった。身軽に移動する分、空気が重い。緊張感が高まり喉の渇きを覚える。
沈黙の密室。
十一階を示す横長のボタンがほんのりと光っている。幻想的な蛍火を見ているようだ。小さな明かりが逃げ出せない空間をセピア色に灯していた。それは過ぎ去った季節を証する色でもある。
彼女の人差し指が『開』のボタンへ伸びていく。
光が自動ドアをこじ開けるように拡がり侵入してきた。
「どうぞ」彼女の手が自動ドアを押さえていた。私が先に出た。彼女が手を離すと、両側から自動ドアが閉じられた。
「こちらです」
廊下には絨毯が敷き詰められていた。廊下の終末が細く見える。均衡した廊下の幅が錯覚するほど細く見えるということは、それだけ長いということ。気持ちの重さ故に、私には過去への長い道程のように思えた。一歩一歩踏み出す足が絵筆になり目に映るものすべてをセピア色に染めていくようだ。足下を照らすスタンドライトが二台も設置されていた。私は彼女の背に誘導されて感触ある絨毯をしっかりと踏みしめた。
このお店はよく流行っているのだろう。待ち席が一八席も並べられていた。お店の出入口手前には公衆電話まで設置されている。右側には外光を取り込む窓を背にして、四本のワインが透明なケースに展示されていた。
店内に入るとカクテルバー風のカウンターが中央にあり、数種類の洋酒が規則正しく並べられていた。窓際にはテーブル席が並んでいる。
店員さんが近づいて来た。
「いらっしゃいませ」
彼女が上半身だけで私に振り向いた。
「たばこは吸いますか」
「いいえ」
彼女が姿勢を戻した。
「では禁煙席で」
「かしこまりました」
店員さんが丁寧にお辞儀をした。導き者の背について二人が歩き出す。
空港、海、街、山が、どの席からも視界に飛び込んでくる。
爽快な眺めだ
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