人生の審判

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 今、俺は、女子高生として生きている。クラスでは人気者で、明るくて可愛いとよく言われる。だが、この自分であることが疲れてくる。「習うより慣れろ」という言葉があるが、元の自分を失いそうで怖くなり、とても慣れようという気にはならない。  何も知らない人には、理解ができないだろう。気を取り直し、順を追って説明しよう。  二十代男性の頃、俺は、幼稚園の先生として、働いていた。親の言いなりになり続けて巡りついたのがこの職だったが、正直、子供が大嫌いだった。ギャーギャーうるさいし、ものを壊しても責任は負えない、まぁ、少し前の俺もそうだったけど。  それでも、良い大人になったのだからと言い聞かせ、俺は、完璧な笑顔を作り、親切な幼稚園の先生を演じた。  ある日の給食の時間、目の前でお代わりの牛乳を取り合う児童のケンカが起こった。俺は、「やめなさい」、「仲良くしよう」と言って止めさせるが、一向に止むことがなかった。仕方なく、俺は、二人が引っ張り合っている牛乳を強引に奪った。  「ジャンケンで勝った人にあげよう。」  俺は、二人にそう言い聞かせたが、後から、一人の女の子が俺の服の裾を引っ張った。  「先生、私のない。」  俺は、その子の席を見て、気づいた。牛乳は、教員が配る決まりだった。仕事の疲れのせいか、俺は、その子の席に配り忘れていたのだ。  「ごめんね。はい、牛乳。」  牛乳を渡すが、その子は言った。  「許さない」と。  俺は、「えっ」と聞き返したが、その子は、無視をし、自分の席に戻ってしまった。その子は、寡黙で、友達もいなかった。俺は、へこたれることなく、その子と関わり続けた。  「友達と遊ばないのかい?」  「うん。」  「ほらっ、サッカー楽しいぞ。あそこは、鬼ごっこもやってるぞ。」  「うん。」  その子は、暗かった。何を言っても、「うん」しか言わない。多分、給食の時のこと、許してないのかな。あの時の俺はそう思った。俺は、その子が許してもらえるまで、話しかけてきた。  二人でサッカーのパスをし合ったり、鉄棒で豚の丸焼きをして、その子に見せたり、その子は、徐々に笑顔を見せてきた。特に、笑ったり、嬉しそうだったのは、飲み物を飲んでいるところと、道路を歩く時だった。  そして、卒園式の日、式が終わり、PТAの謝恩会の準備を手伝っている時、あの女の子が俺の服を引っ張った。振り返ると、その子は、満面の笑みを浮かべ、「許す!」と言った。この時、俺は、初めて、幼稚園の先生として働く達成感を感じた。  あの子が幼稚園を出て、何年も時が経った。あれから、俺は、仕事を覚え、子供の愛らしさも分かってきた気がした。仕事を覚えることに一生懸命で、休みと思える休日は、あまりなかったが、今はそんなことがなく、順風満帆な日々を送っていた。  仕事を終えた帰り、夕食のカップ麺を買い、コンビニを出ると、横断歩道の前で、赤いランドセルを背負った女の子が立っていた。見た目からして、六年生ぐらい。俺のことをじっと見ていたので、話しかけた。  「こんな遅い時間にどうしたんだ。お母さんは?」  「覚えていませんか?」  女の子は、俺の質問に答えず、質問で返してきた。  よく見ると、彼女の顔に見覚えがあった。  あっそうだ。俺は、ハッと思い出した。あの暗くてあまり喋らない女の子が、自信に満ちた笑顔を見せる少女になっていたのだ。  「思い出したよ。失礼だけど、明るい子になったね。笑顔も可愛いよ。」  女の子は、顔を背け、誇らしげに微笑んだ。俺のほうがその顔をしたいくらいなのに。彼女がこんなにも変われたのが誰よりも嬉しかったのだから。  彼女は、笑顔でこう言った。  
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