福籠早耶人

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 市留が薄れていく。このまま消えてしまうのかと思うと、都鶴は寂しくなる。 「もう行っちゃう?」 「やるべきことは全てやったから、もう行かなくちゃ」 「また会える?」 「勿論よ。でもそれは、何十年も先の話。都鶴は、一生懸命に生きて寿命を全うすること。いい? 必ず幸せな死を迎えるのよ。そうなれば、私たちは会える」 「分かった。約束する。きちんと生きて、幸せに死ぬ。その時は迎えに来てね」  ずっと一緒にいたい。でも、それは無理な話だと分かっているから、別れを名残惜しむことしかできない。  市留は、蛇石にも礼を述べた。 「蛇石先生もありがとうございました。早耶人の呪力を先生が祓ってくれたから、弱体化して、光の龍まで呼べたんです」 「一度死んだ僕を救ってくれて、こちらこそありがとうと言いたい。微力ながら、君の助けが出来て良かった。ここまでやって来た甲斐があったというものだ」  実は、途中で何度も来なければ良かったと後悔した場面がいくつかあった。市留が来てくれなければ死んでいたと思うと、今でも冷や冷やする。 「君と都鶴君がいてくれて、どれだけ心強かっただろう」 「いつか再会しましょう」  蛇石と都鶴に見守られて、市留は姿を消した。  しばらくの間、二人はそこから動けずにいた。 「終わった……」 「終わりましたね……」 「……」  蛇石は、何年も呪いの正体を追い求めて生きてきた。それも今日で終わりだ。 「長かった」  喜ばしいはずなのに、なぜか寂しい気持ちになってしまう。これからは静かで平和な暮らしが出来るとは、微塵も考えていない。死んだ者は生き返らないし、失ったものがあまりに多すぎた。呪いの元凶が消えたとしても、すべてが元に戻ることは決してない。 「帰らないんですか?」  いつまでも黙って立っている蛇石に、都鶴が呼びかける。蛇石は、その声で我に返った。 「ああ、そうだな。いつまでも、ここにいてもしょうがない。帰ろうか」  家屋から出ると、外では宵闇が広がって一日の終わりが近づいている。  空気が澄んでいる上に明りもないから、幾千もの星が夜空に瞬いているのがよく見える。 「星が綺麗だな」 「私、こんなに気持ちよく夜空を見上げたのは初めてです」  何て気持ちがいいんだろうと、都鶴はしみじみ思った。  それからの二人は、何も語らなかった。とっぷり暮れた夜の道。足元が見えなくて困っていると、どこからか小さな光が数点現れると、二人を導くように進んだ。それを追うと楽に歩けた。  元バスステーションの駐車場に蛇石の車を駐車している。そこにたどり着くと、最後に振り向いて村を見る。暗闇の中に、里山の稜線だけが浮かんで見えた。  早耶人に壊されてしまった呪われた村だったが、かけがえのない故郷でもあった。いくら願っても懐かしんでも、昔の生活は二度と戻ってこない。 「さよなら、真賀月村」  二人は、最後の別れをいつまでも惜しんだ。                             了
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