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禍憑村
『この先 立ち入り禁止』と書かれた、風化しつつある黄色い立札が置かれた入口の前に、私は立っていた。この先には、かつて真賀月村があったのだが、今はもう何もない。
空は青く、シオカラトンボがあの時と変わらず自由自在に飛んでいるというのに、目の前に広がる光景は全く違って見える。
あの夏の日から、どれだけの月日が過ぎたことだろう。
突き刺すような夏の日差し。血生臭い空気。どれも覚えているのは反吐が出るほど不快な記憶。
私は、真賀月村が好きだった。
素敵だった村は、福籠早耶人と玉鉾陽向という二人の狂人が引き起こした連続殺人事件によって、壊され台無しにされ、そして誰もいなくなった。
二人が起こした恐ろしい事件の数々。ある程度は彼らの供述によって白日の元にさらされたが、それでもまだ不十分であると私は考えている。
私は、事件についてもっと知りたかったし、知るべきだと思った。
何か真実に迫る手掛かりが見つからないか。それらを探そうと、ここに戻ってきたのだ。
近くには、長距離バスから降りてきた人々が立ち寄っていた「真賀月村バスターミナル」がある。
昔は、煌々と照明を灯して営業していたが、今では全ての電気が落とされて真っ暗。看板は外されて草むらに放置され、廃屋と化している。
壁にスプレーで書かれた大量の落書き。見るも無残な姿。
全てのガラス窓は、侵入者を拒むようにトタン板で覆われて、中の様子をうかがい知ることは出来ない。
客が来なくなった店の末路。人の道を踏み外すとこうなるのだという、まるで戒めのお手本にも思えてくる。
錆びたシャッターの下りた出入口の真ん中に、A4サイズのラミネート加工されたお知らせの紙が貼られている。何が書かれているのか気になった私は、それを読もうと近寄った。
――『閉店のお知らせ マルマガスーパー真賀月村バスターミナル店は ✕✕年十二月末日をもちまして閉店することとなりました。これまでの皆様からのご愛顧を心より感謝申し上げます。 株式会社マルマガ商店』
全体的に茶色く薄汚れて、所々割れ目が入っている。風化が長い年月の経過を告げている。
ここでは、観光客目当てに村で生産した桑の葉茶などの名産品を売っていた。小さな食堂もあって、手打ち蕎麦が人気だった。いろんな人たちが生き生きと働いて、村の雇用の受け皿となっていた。
カフェコーナー店員の玉鉾陽向が、店のコーヒーに薬を混入して何人も死に至らしめたことが世間に知られると、会社に苦情が殺到した。完全に巻き込まれた被害者なのに、そんな言い訳は通じないらしかった。
閉店は、一連の事件発覚からわずか4カ月後。
苦情で業務に支障が出たのと、風評被害もあり、これ以上の営業は難しいといち早く撤退を決めたのだ。
あの二人が事件を起こしさえしなければ、今でも営業は続いていただろう。
全てが泡沫のようにはじけ飛び、今は何も残っていない。
何とも言えぬ感情を抱きつつ、入口に戻って村跡に足を踏み入れる。
目の前に広がる里山風景は、かつてとても美しかった。郷愁を誘ったそれらは一転、荒れ放題となってしまって、見ていると寒々しくなる。
至る所にある廃屋。朽ちた納屋。放置された農機具。中には放置状態の車や軽トラックまである。どれもみなツタに覆われている。
無人となり手入れしなくなった途端、自然は人間が築き上げたすべてを侵食していく。
荒れた土地は不行き届き者を呼び寄せてしまうのか、家の壁や車などにもスプレーによるいたずら書きがやたらと目に付いた。
そこには、「ノロイ」とか、「タタリ」とか「サツジンキ参上」とか、物騒な文字が散見される。
荒れ果てた真賀月村は、名実共に「禍憑村」へと変貌してしまったようだった。
昔の賑わいがウソのように、今や人っ子一人いない。
懐かしさを感じてしまうと寂しさがこみ上げてしまうから、出来るだけ感情を押し殺して進んでいく。
戸口が開いた廃屋を見つけて、勇気を出して入ってみた。
住民が生活していたそのままに家具は置かれているが、壁や天井にはカビが黒く広がり、すえた臭いが鼻につく。
ダイニングテーブルの上に、『移住説明会開催のお知らせ』が残されていた。
村民は、行政指導によって集団移住していた。
他にも新聞や週刊誌が残されていて、『連続殺人事件の犯人は村の好青年と美少女だった!』や『消えた女児と連続変死事件の謎』『小さな村で起こった大きな事件』など、センセーショナルな見出しが目を引いた。
これらを目にして絶望した村民たちが村から逃げ出すのに、それほど時間は掛からなかっただろう。
一家族、二家族と、櫛の歯が欠けていくように村を出ていき、やがて我も我もと後に続いて歯止めが効かなくなり、とうとう廃村になった。それがこの村に起きたことだ。
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