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廃校
真賀月小学校があった場所に向かった。
建物は依然と変わらないが、廃校となって久しく、校門は真っ黒。校舎は全体的に薄汚れている。
中に入って校舎内を歩いて回った。
廊下側のガラス窓から教室内を覗き見ると、黒板を隅々まで使って、『さようなら、私たちの学び舎、真賀月小学校』と、チョークでカラフルに書かれていた。
壁には、直接マジックで書き込んだ寄せ書き。壁にはカラーテープの飾りがぶら下がっていた。まるでパーティー会場だ。
どの教室も同様となっており、皆で最後の日を名残惜しんだ様子が見て取れてほのぼのした。
職員室に入ると、机の上に、『廃校のお知らせ』が無造作に置かれていたので目を通した。
――『閉校のお知らせ 本校は、今年3月末をもって隣村の小学校と統合し、閉校となることが決定しました。1年前には100名あまり在籍していましたが、昨年、今年と急激に減少し、来年には真賀月村が隣村と統合、行政法上消滅することが決定したため、昨年末まで、保護者、村会議会、教育委員会で幾多もの協議を行い、維持は困難と判断、閉校が決定いたしました。
創立以来65年、延べ4000名あまりの卒業生を輩出した本校の歴史に幕を下ろすことは大変寂しいことですが、教育活動の維持、部活動の多様性などを鑑みるとき、統合は致し方ないことと思われます。
現在、終業式後に行われる閉校式に向けて、様々な準備を教職員・児童が進めております。
残された日々は少なくありませんが、子供たちのためにも、最後まで御支援くださいますようお願いいたします。 真賀月小学校校長』
村人がいなくなれば、通う児童もいなくなり、学校は閉鎖される。当然の帰結だ。
私がいた期間は一年にも満たなかったが、それでも多くの思い出がある。卒業まで楽しく過ごした母校が無くなるのは、心寂しい限りである。
懐かしい校舎を歩いて回る。
この廊下もあの廊下も、七奈や都鶴と走って怒られ、今度は怒られないようにと早歩きをした。
給食当番では、重い寸胴鍋をクラスメイトと一緒に運んだ。
床に落ちていた画鋲を踏んづけて、気づかずに歩き回っていた私の上履きの裏を、後ろから見ていた七奈が笑いながら教えてくれた。
校庭では、毎朝集会があったてラジオ体操した。時には、半透明な下敷き越しに日蝕を眺めた。
それだけでなく、小さな学校故に、どんなに些細な発表でも全校生徒が集められた。
『本日から皆さんの新しい仲間です』と、全員の前で紹介された時は、とても驚き恥ずかしかったが、すぐに顔と名前を覚えて貰えたので、今では良かったと思える。
当時の校長は、狐川清という名前だった。古参村人だったのだろう。
学校は楽しかったが、都鶴のことで何もしなかった校長を思いだすと、今でも少々イラついてしまう。
職員室の奥が校長室となっている。
中に入ると、6畳ほどの部屋。こんなに狭かったっけと驚いた。
当時は、棚に表彰状だとかトロフィーだとか、壁には歴代校長の写真だとかいろいろ飾られていたが、それらは綺麗さっぱり片付けられていた。
机や応接セットは残されている。転校初日に、母とここに座り、先生方に挨拶したことをよく覚えている。
窓際に置かれた大型水槽が目に入った。
ここでは、校長自慢の高級金魚を数匹飼っていた。赤い金魚、金色の金魚、黒い金魚。大きな尾ひれを優雅にくゆらせて、ユラユラと漂うようにいつも泳いでいた。
校長がとても大切にしていたのに、ある日全滅してしまった。その日はとても気落ちしていて、全校集会の話も教頭先生に変わった。
水槽の横に置かれた週刊誌に気づいた。
「ここにも週刊誌がある」
『真賀月村連続殺人事件シリーズ第5弾! 犯人の同級生の証言を得た!』と大きく載った見出しが気になる。
事件をシリーズ物として連載している。しかも第5弾。さぞかし、長い間、記事ネタには困らなかったことだろう。
手に取って読んでみた。福籠早耶人の人となりを、同級生の証言から探っていく内容となっている。
『中学の時、小学校の金魚のエサに毒を入れたことがあると楽しそうに話していて、周囲がドン引きした。』
こんなところで全滅の真相を知るとは。
何も知らなかった校長は、自ら毒入りのエサを与えてしまい、可愛がっていた金魚たちを死なせてしまったのだ。
『人が困っていたり、悲しんだりすると、とても嬉しそうだった』とも証言している。
簡潔な内容なのに、これほど的確に彼の人間性を示した証言はないだろう。
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