福籠早耶人

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 いくらスイッチをカチカチしても、電池は復活しない。 「ああ、ダメだ!」 「どうしましょう」  手をこまねいている場合ではない。何か手立てはないかと必死に頭を絞る。  都鶴が(ひらめ)いた。 「そうだ! 今なら扉が開くかも!」 「扉?」 「そうです。さっきは早耶人に邪魔されていたから、動かなかったんですよね。今なら市留に全神経を集中している。その分、他が(おろそ)かになっていて邪魔されないはずです。扉が開けば、外の光を入れることが出来ます。早耶人を弱体化出来るかもしれません」 「そんなにうまくいくか?」 「何もしないよりマシでしょ!」 「そ、そうだな。やってみよう」  究極のピンチに師弟関係どころじゃない。  二人は扉に走った。飛びつくと力いっぱい動かす。ガガガガと、重い音と共に開いた。 「開いた!」  外から眩い光が射し込む。 「明るくなった!」 「いや、明るすぎないか?」  都鶴は喜んでいたが、蛇石は変だと思った。納戸の外は薄暗い廊下のはず。それなのに、この明るさは何故だろう。  (いぶか)しんでいると、巨大な光の龍がビューンと飛び込んできた。先ほど結界を張った時に、上空を飛んでいた龍である。懐中電灯よりもはるかに明るく精良な光を振りまきながら、内側を一周してすぐに出て行った。それだけのことなのに、いなくなった後でも中は明るいままだ。 「ウギャアァァァ!」  龍の光に照らされた早耶人が、苦しそうにうめいて市留を離した。 「早耶人がさっきより苦しんでいる!」 「光の龍が助けてくれたんですね!」  拘束から自由になった市留が早耶人に告げる。 「早耶人、私たちの勝ちよ。あなたには、もう何も出来ない。素直に負けを認めなさい」 「クソ! 俺は負けない! 負けていない!」  市留は、自分の霊力を使って早耶人の体を抑え込んだ。  早耶人は、必死に暴れて抵抗しようとしたが、光のせいで思うように体を動かせない。その間に、市留が容赦なく彼の霊体を引きちぎっては消していった。  最後に、手足も目鼻もない小さな肉塊だけが残った。どす黒い血に(まみ)れた、まるで芋虫のような形で、ピクピクとうごめいている。 「これは、何だ?」 「気持ち悪い……」 「早耶人の魂よ」 「これが?」 「なんて汚い、なんてグロテスク」  蛇石と都鶴は、それを見てさすがに気持ち悪くなった。 「手も足も目も鼻も耳ももぎ取られて、自分では何もできない、地べたを這いずり回るだけの情けない化け物。口だけ残されているのは、悲鳴と苦悶の叫び声を出すため。これが最下層に堕ちた霊体の姿なのよ」 「アブォォォー、キオォォォー」  小さな穴が一つだけあって、そこから不快な音が聴こえてくる。それが早耶人に残された最後の器官、口のようだった。漏れ出てくる音は、言葉ではない。早耶人は、言葉さえも失ったようだ。  市留は、早耶人のなれの果てに話しかけた。 「痛くて苦しいでしょ? その体には皮膚もないから、痛みを(じか)に感じることになる。今まであなたが他人に与えてきた痛み苦しみを、全て同じように、いえ、何倍も、罪が赦される日まで味わうことでしょう。その日が来るとしたならね」 「アブォォォ……」  言葉が通じているのか、いないのか、分からないが、全身をピクピク動かしてわめいている。  市留が手をかざすと、早耶人の魂は光に包まれて消えた。 「消えた……」 「早耶人はいなくなったの?」 「早耶人は、他の怨霊と共に地獄へ堕ちた」 「凄い事が出来るんだな」  蛇石が感心して言うと、市留は謙遜した。 「私だけの力じゃないです。光の龍が力をくれました。それと、蛇石先生と都鶴のお陰です。私だけでは早耶人を倒せませんでした。他にも、玉鉾威風、七奈、たくさんの助けと支えがあって、ここまで出来ました。皆さんのお陰です」 「私には何も出来なかったよ。全部、市留のお陰。市留は、凄い」 「協力を得られたのは、君の人徳があっからだ」 「そんなに褒められると、照れちゃいますから、やめてください」 「とにかく、ありがとう」 「うん。村を救ってくれて、市留は英雄よ」 「もう、本当にやめて。お礼を言うのはこっちだから。二人が来てくれなかったら、今でも村を彷徨(さまよ)っていた。それを思うと、ゾッとしちゃう」  市留は、否定しながらも嬉しそうだった。
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