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ラグナスの丘、聖同教会
その姿を美しいというものもいるが、クレールにはおぞましさしかなかった。
棺に横たわる若き乙女たち。石化が進み、息を引き取ると神の使いとして教会を見守っていくのだという。薄暗い建物の中、二度と笑ったり喋ったり出来ない女の子たち。その数、十体。
「アマラ、私はまた一つ歳をとったわ。もうあまり時間がないの……怖いわ」
クレールは一番端の棺に横たわるアマラの石像に話しかける。亡くなるまでのニ年間、クレールを可愛がってくれた『白き乙女』だ。
アマラの頬を撫でるとツルリと指が滑る。石特有の滑らかさ、そして冷たい感触。
一日に一度、棺の置かれた部屋を掃除しにやって来るが、クレールはこの仕事が一番嫌いだった。神格化された『白き乙女』たちが本当はただの女の子たちだと知っているし、自分もまたただの人間だ。それに神に仕えたいとは微塵も考えていない。人として普通に生きたい、それが願いだった。
ある日、額に『星の瞬き』という印が浮かんだその日からクレールの運命は大きな渦に飲み込まれていった。『星の瞬き』は『白き乙女』の証。要するに次第に肌は白くなり、髪も白髪に変化し、体は石へと変化していくのだ。息絶えると次は見世物になり、こうして埋葬されることもない。
クレールは朧げな母の記憶を辿る。優しい笑みや、大きな手。あまりに幼かったクレールは母の顔を思い出すことが出来ない。
母は『星の瞬き』を見て、人買いにクレールを売ったらしい。そう聞かされてきた。人買いを介してこの聖同教会に来たクレールは出身もわからなければ、母や父の名前もわからないのだ。
「恥を知りなさい! クレール。『白き乙女』は選ばれた存在なのです。なりたくてもなれぬ名誉なことだと教えたのに逃げ出すとは!」
聖同教会に連れてこられて六年目の春、クレールは一度この聖同教会より脱走したことがあった。もちろんまだ十歳になったばかりのクレールにはなんの計画もなく、あっさり捕まり神仕長のトカにこっぴどく叱られムチで打たれた。
ヒュンと鳴るムチは身体に当たると骨の髄までビリビリする。しかし、クレールは悲鳴を上げずに耐えていた。
「悲鳴一つあげぬとは! さすが卑しい出だけある」
蔑んだ冷たい視線を向けながらムチを掴んだトカのしわがれた声が響いていた。
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