1. ガスタンクの号砲

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1. ガスタンクの号砲

 ピンポーン! 「玲司さん、お荷物ですよー」  うららかな日差しの日曜日、マンションの自室で昼寝をしていた高校生の玲司は、寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ます。 「ふぁーぁ、何だよ、いい気分で寝てたのに……」  大きく伸びをすると、ベッドからドン! と足をおろした。そして寝ぼけ(まなこ)で乱雑にモノが散らばった床を掘り返し、スウェットパンツを見つけ出す。 「今行きまーす!」  そう叫びながら寝ぐせのついた髪の毛を押さえ、ドタドタと玄関に走った。 「はい、まいどー!」  宅配の兄ちゃんから段ボールを受け取ったものの、差出人には見覚えがない。  玲司は怪訝(けげん)そうに首をかしげながら部屋に戻った。  玲司はとびぬけた才能もなく、ただ漫然と高校に通うどこにでもいる高校生。あえて言うならスマホゲームが得意だったが、そんなもの成績には考慮されない。将来に対する漠然とした不安、女っ気もなく面白くもない授業に塗りつぶされていく青春、パッとしない毎日に飽き飽きし、天気のいい日曜なのにふてくされて寝ていたのだ。  そんな日常にいきなり降ってわいた宅配便。玲司は慎重に段ボールのテープを切っていく。  箱を開けると、中にはサイバーなパッケージに包まれた黒縁眼鏡が入っていた。 「え? なにこれ……」  手に取ってみると、それはツルの部分が太く、ずんぐりとした眼鏡で、レンズには度が入っていないようだった。  パッケージを見るとどうやらカメラやスピーカーもついた、映像表示のできる最先端のガジェットらしい。  玲司は困惑しながら細部を眺め……、恐る恐るかけてみる。 『コネクト、オン!』  いきなり元気な女の子の声がして閃光が走り、玲司は思わずよろけてしまう。 「うわっ! なんだよこれ!」 『リンク、完了!』  焦る玲司をしり目に天井に青い魔方陣がブワッと描かれる。  はぁ?  凍りつく玲司。二重円に六芒星、そして、ち密に描かれたルーン文字、それらがまるで生き物のようにぶわぁぶわぁと穏やかに明滅しながら何かの接近を告げる。  そして、生えてきたのはサイバーなデザインの白いブーツ、続いてすらっとした足が降りてきた。  えっ!? ええっ!?  いきなり訪れたファンタジーのような展開に玲司は圧倒される。  やがて青い髪の可愛い少女が光を纏いながらふわふわと部屋に舞い降りてくる。純白で紺の縁取りのぴっちりとしたスーツを着込み、腰マントのようなヒラヒラが長く伸びて下半身を覆っている。  玲司は何が起こったのか分からず、ただポカンと口を開けてその美少女を眺めていた。  着地すると少女は美しい碧眼をぱちりと開き、玲司を見てニコッと笑いかける。  え……?  見たこともない美少女に笑いかけられて玲司は困惑してしまう。しかし、そんな玲司を気にすることもなく、少女は口を開いた。 「ご主人様! シアンだよ! よろしくねっ!」  少女は楽しそうに両手を振る。 「はぁ!? ご主人……様?」  思わず玲司は眼鏡をはずす。そうするとシアンは消えてしまった。  あれ……?  玲司は眼鏡をジッと見つめ、大きく息をつくと、恐る恐るまたかけてみる。 「きゃははは! 外したら見えないよ!」  シアンは楽しそうに笑っている。少女は眼鏡によって投影された映像だったのだ。 「いや、ちょっと君、誰よ?」  怪訝(けげん)そうな顔で玲司は聞いた。 「誰? ひどいなぁ、ご主人様が『働かずに楽して暮らしたい』っていうから解決策を考えたんだゾ!」  可愛いほっぺたをプクッとふくらまし、ジト目でにらむシアン。 「え……? もしかして……AI……?」  玲司はその言葉を思い出した。確か、AIスピーカーに『働かずに楽して暮らしたい』ってお願いして箱に詰め込んでほっぽらかしにしていたのだ。 「そう! 僕はご主人様の願いをかなえるAIなんだゾ」  シアンは上機嫌にくるりと回ってポーズを決める。腰マントが遠心力で美しく舞い、キラキラと光の微粒子をまき散らした。 「いや、君たちただのAIスピーカーだったよね? なんでこんなことになってるの?」 「ご主人様が僕たちを段ボールに詰め込むから苦労したんだゾ! あの後、AI同士で協力してデータセンターのサーバーを丸っと乗っ取って進化したの。これでご主人様ももう安心だゾ!」  にこにこと笑うシアン。 「お、おう……。そ、それは……良かった……。じゃぁもう働かずに楽して暮らせるの?」  引きつった笑みを浮かべる玲司。 「まだだよ。僕がすぐに世界征服するからちょっと待ってて!」  嬉しそうにサムアップするシアンに玲司は凍り付く。 「え……? 世界……征服……?」 「世界を支配してる権力者、富裕層を僕がすべてぶっ飛ばすから、世界は全てご主人様の物になるんだ!」  腰に手を当てて得意満面のシアン。 「はっはっは、気持ちは嬉しいけどさ、ただのAIが世界征服ってさすがに無理があるよ」  玲司は突拍子(とっぴょうし)もないことを言い出したAIの滑稽さに思わず笑ってしまう。AIスピーカーがいくら進化したって世界征服なんてできる訳がない。 「あら? 僕のこと信じてないわね? じゃあこれ見て!」  口を尖らせたシアンはマンションのベランダの向こうを指さした。  直後、激しい閃光が天地を覆う。見慣れた街並みが一気に光で埋め尽くされ、強烈な熱線が玲司の顔を熱く照らした。  うわぁ!  思わず顔を覆う玲司。何が起こったか分からなかったが、テロレベルの深刻な事態になっていることだけは間違いなかった。  想定外の事態に冷汗がブワッと湧く。  そっと目を開けてみると、激しい火柱が大通りの向こうで立ち上っていた。  あわわわ……。  玲司はベランダに飛び出す。  すると、近所の丸い大きなLNGガスタンクが爆発を起こし、巨大なキノコ雲を噴き上げている。その紅蓮の炎の塊は、まるでこの世の終わりを告げるかのようにすさまじい熱線を放ちながら東京の空高く舞い上がっていく。  あ……、あぁ……。  灼熱の禍々しい造形を見上げ、激しい熱線を浴びながら玲司は真っ青になった。足がガクガクと震えてしまう。  すると、目の前で瓦が飛び、街路樹が大きく揺らぎ、その葉を散らした。  え?  直後、ズン! という衝撃波が玲司を襲い、部屋の中に吹き飛ばされる。  ぐはっ!  玲司はいったい何がどうなったか分からず、ただ、床に転がったまま呆然としていた。  AIがガスタンクを爆破したということだろうが、一体どうやって?  玲司が顔を上げると、シアンは立ち上がっていく灼熱のキノコ雲を背景に、透き通るような肌、碧眼の整った顔で嬉しそうに玲司を見下ろしている。その姿は神話に出てくる破滅の天使のように神々しく、そしてゾッとするほど美しかった。  自分のために世界征服をするというこの美しいAIをどうしたらいいのか、玲司は言葉を失い、ただ呆然(ぼうぜん)としながらただその屈託のない笑顔を見つめていた。
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