報い

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うちに帰りたい。 院の御所を出たとき、車を断って大通りを歩いた。夕暮れの道は人はまばらで広い空間が永遠にまっすぐ続いている感じがする。 貴族の姿では目立つので僕は結っていた髪をほどいて後ろで緩く結んだ。狩衣を脱いで直垂に着替え、元服前の姿に戻った。 横道にそれて長屋が続く路地に入っていく。庶民が住むような区画にある家に僕はひとり住んでいて、たまに母がやってきた。どうしてこんな所に僕を隠すように住まわせていたのか、今はなんとなくわかる。 歩き続けて、柴垣を壁に見立てた小屋のような家に帰ってきた。 新しい住人が決まっていないのか、部屋の中は連れ出された時と同じだった。 懐かしさでなんとも言えない気分だった。ここでいい。僕の居場所はここなんだ。外から見ると侘しい家だが、中は板張りで家具もそれなりにあって、貴族の匂いを感じる。帰ってくるたびに母がいろいろ持ってきていたのを思い出した。 大人の権力争いに巻き込まれて声を失って、上皇さまの寵愛も別の少年に移った。在子さまはじめ、ほかにも后、愛人はたくさんいる。上皇さまも僕の事なんかすぐ忘れるだろう。 御所にいても永遠に言われるだろう寵童上がりの男。そんな中傷を受け続ける人生はごめんだ。 僕はゆっくり板の間にうつ伏せになる。夜になり月の明かりが外を照らす。まわりから夕餉の楽しそうな声が聞こえていたが、やがて静寂が訪れた。 何もない質素な家だが、ここがいちばん居心地がいい。 束の間夢を見た。 神々しく君臨するこの国の帝王。愛された感触はまだ覚えている。だがそれも失った。 永遠に覚めない夢の続きを見ようと思って目を閉じた。
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