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 その夜、私のベッドでただ抱きあって眠った。時々、彼が私の額に唇を寄せるだけ。私は、安心しきって眠りについた。  明け方、小さな物音で目覚めた。昨夜と同じように、彼は祈りを捧げていた。私は、息を詰めてその様子を見ていた。感動すらしていた気がする。  彼は、決まっているであろう言葉を唱えながら、何を祈るんだろう? “ごめん。起こした?勝手に敷物を使わせてもらった。また今度ここに来たら貸してもらえると嬉しい” “陳威のために、きれいにしておく” “ありがとう。僕は一旦帰るよ。貴子さんのところに行くのは9時くらいで良いかな?”  きっと、礼拝のタイミングを気にしているのだろう。昨夜のうちに貴子さんから連絡があり、彼は電話で挨拶まで済ませていた。それで良いのかと思ったら、二人とも直接会いたいのだそうだ。今日、午前中に訪ねる約束をしていた。 “大丈夫。あなたは慌ただしくないの?” “問題ない。僕がお願いしたし”  9時に彼が迎えに来てくれて、一緒に出掛けた。今までより、少しだけ距離が近い。何かの弾みで腕が触れるくらいに。どちらかではなく、二人とも近付いたんだと思う。  貴子さんは私達を笑顔で迎えてくれた。彼は、こちらにいる香那の親族に、交際を認めてほしいと丁寧なお願いをしてくれた。貴子さんは、“愛し合う若者の自由よ”と言って、美味しい手作りの茶菓子と飲み物を振る舞ってくれた。彼はにこやかな表情でお礼をしたけれど、食べ物には手を付けなかった。 「香那、彼を借りるわ。少し高いところのものを取って貰いたくて。あなたはうちの人の相手をしてあげて」  60歳を越えた二人の生活は、とてもゆったりしている。喜んでお願いをきくことにした。  彼と貴子さんは、二階へと上がり、私は貴子さんの旦那様とお話しした。英語の上達を旦那様はとても誉めてくれて、気をよくした私はたくさんおしゃべりした。  二人が階段を降りてくる音が聞こえて、私が迎えにいくと二人のやり取りが耳に入った。 “香那のために約束して” “香那のためなら…必ず守ります”  その時には、彼の重たいくらいの声色は、私の親族に付き合いを認めてもらうためのものだとばかり思っていた。  少し気になって、帰りの電車で彼に尋ねてみた。 “貴子さんと、何を話したの?” “貴子さんに、香那を大切にしてほしいってお願いされた。あとは、香那がどんなに賢くて優しくて素敵な女性なのかを、二人で言い合ってた”  こんな言葉は、笑って聞き流すしかできない。他にどうすればいいかなんて知らない。  今日は記念日だという彼と一緒に、いつかのフレンチのレストランで食事をとった。その前には当然お祈りを済ませて。  彼の習慣も信仰もまるごと、大切にしたいと思った。  いつの間にか、智也のことを思い出すことも減ったし、心の痛みも和らいでいた。忘れるのとも違う。  陳威といると、何もかも受け入れられる。そんな感じ。
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