殺してしまった凶王の話

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 国王ルドルフが、正妃エリザベートをその手にかけて殺した。  理由は、エリザベートが不義密通している証拠を掴んだからだという。  手に妃の亡骸をかき抱き、返り血で頬をまだらに染め、歩くほどに血の足跡がつく。  ――裏切られていたとは思わなんだ。私は馬鹿だ、大馬鹿だ。まさかあの男が復活して帰ってきて、妃といまだに通じていたのだとは。ゆるさない。ゆるさないぞ、エリザベート。  譫言のように繰り返しながら、ルドルフは「これが証拠の手紙だ」と叫び、震える手で封筒を差し出す。  大宰相フランツはべたりと血の手形がついたその手紙を受け取り、中をあらためる。便箋の文章に目を走らせ、やがて苦悶の表情を浮かべた。  ――陛下は本当に、この手紙を証拠として、エリザベート様を……  ――動かぬ証拠ではないか。よもや私と結婚した後に、あの男とそのようなやりとりをしていたなど  ――陛下。ここには「寒くなってきましたが、お体にお気をつけください」と書かれています。読んだときにおかしいとはお考えになりませんでしたか  ――今は暑い盛りだが、あの男は寒いところから送ってきたのだろう  ――いいえ、違います。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()いる文章です。季節が夏の今とは、違うのです。この手紙は、新しいものではありません。ずっと以前に送られたものを、エリザベート様は大切にお持ちになっていたのでしょう。捨てずにいたこと自体は責められることかもしれませんが、これは決して昨日今日男と通じた証ではありません……  ――なんだと。この手紙は……いつのものだ?  ――差出人であるアレヴィン伯爵は十一年前に戦場で命を落としています。陛下もご存知でしょう。陛下の結婚はその翌年。この手紙は伯爵が生前エリザベート様に送ったもの。エリザベート様と伯爵は幼馴染であったといいます。忘れ形見としてずっと大切になさっていたのでしょう……  ――私は……私は……あの男が妃を奪うために復活してきたのかと……  ――そんなこと、起こり得るはずがありません。陛下が御自ら手にかけて、念入りに剣で刺し貫き、息の根を止めたではありませんか。戦場での戦死に見せかけて。伯爵を。  脅威と感じた相手を殺して殺して殺し尽くして愛しい妃を手に入れた凶王は、自分の所業をよもや忘れたというのか。  最愛の妃の心の中にいまだに住む男の影におびえて、ついには妃を手に掛けた。  * * *  ルドルフの剣に刺し貫かれ、血を吐き出しながらアルヴィンは微笑んで言った。 「俺のこの死と引き換えに、お前には呪いをかけよう。この先お前がエリザベートを心から愛し幸せにできるのならその呪いはお前の中で眠りについたままだ。しかしエリザベートを不幸にすることがあれば、たちまちに呪いはお前の心を喰らい尽くす。そのときは俺がお前を地獄から迎えに行ってやる。もちろん、仲良くするためではないぞ。エリザベートを幸せにできなかったお前を、俺は決して許さない」  * * *  エリザベートがルドルフの凶刃に倒れたその日、城は失火による炎に包まれ、消火はかなわず三日三晩燃え続けた。  脇目も振らず逃げ出した者は生き長らえたが、もはや国の滅亡を悟りその地を去った。  王を助けようとした者、そして王はもちろん助からなかった。
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