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「今から、蛍を見れる場所に連れていってあげるよ」  彼は優しくささやくと、わたしをいとも簡単に抱きかかえた。華奢な見た目だけど、意外と力があるらしい。そのまま外へと連れだした。  暗い。残された湿気と熱気が混ざりあい、じっとりとした空気がまとわりつく。蒸し暑い夜だった。  町は酷熱を含んだまま、また逃がしもせず夜を見守っている。  部屋に置きっぱなしのチョコレートはだいじょうぶだろうか。そんな心配がふと脳裏をよぎる。冷蔵庫に入れていなかったら、あらゆる食べものが腐りそうな暑さであった。  わたしは彼にそのことを伝えようとしたけれど、うまく口が動かせなかった。  やがて徒歩一分ぐらいにある駐車場に着く。彼はポケットから車のキーを出し、赤塗りの小型車のドアを開ける。それから、後部座席にわたしを人形のようにちょこんと座らせた。  いつも助手席なのに……。  わたしの不満など意に介さず、彼は車のエンジンをかけると、静かに発車させた。 「けっこうな山奥だから、少し楽にしておくといいよ」
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