夏の夜の影遊び

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 魚住ミオの夏はいつだって寝不足だ。暑いのは苦手で、住んでいる地区の蒸し暑さは40年以上生きたってまったく慣れやしない。今宵も日付を越えても網戸の付いた窓を開け放ち、少しでも室温を寝やすい状態にするべく扇風機も追加する。  「お金が入らなくても、長期休みがある仕事で良かったよね……」  ミオは1年ごとに無職になるか継続できるのかという不安定さには辟易としているが、じわじわと加齢と共に疲れやすさを自覚してきたこともあり、じっくりと年2回体を休めることのできる今の職はありがたくもあった。こうして、暑い時勤務していたらできない、言ってしまえばあられもない格好をしていても許される状況はとてもありがたい。  「独身ばんざーい」  小さく呟いてふふっと微笑う。同じ立場の人達でも連れ合いや子どもがいれば休日なんてあってないもの。驚くほど結婚願望のないミオは猫のように気ままにふらっと散歩に行ったり、うたた寝したり、太極拳をやったり、絵を描いたり……気の向くまま生きている。最低限プラスお楽しみが得られれば充分。そう思っているから。誰かと生きる未来など考えられないまま40年を超えた。細かい数をカウントし忘れるくらい面倒くさがり屋でもある。  「うー……また風が凪いだ」  ミオは不服気に唸る。最近気が付いたのだが午前1時を過ぎる頃、必ずと言っていいほど風が止まる。そして、外には濃霧が立ち込めているのだ。これが雨なら風も入る。多少湿っていても。濃霧は風まで抑えてしまうのか、そよっともいわない風模様にミオは腹立たしさを感じる。  「……」  網戸を開けて片腕を外に突き出してみる。ちょっとしっとり涼しい。これは、外に出た方が涼しいってやつじゃないかしら。どうせ眠れないのだし散歩に洒落込むのも有じゃない? にんまりと口角を吊り上げる。過保護の両親もちょうど旅行で数日留守だ。ひっそりこっそり親がいたら怒られることをするのもまた一興。  ミオは好奇心が強い。思い立ったら行動派。見た目はおっとりお嬢さま。裏腹気まぐれ自由な独身女。今は年齢関係なく一人歩きは危険という時代なれど、ミオはそうすると決めたらそうするのだ。  さすがに生足丸出しの格好はいただけない。空気をはらむだぼだぼライトグレーのパンツ、羽織のようなひらっとした上着を羽織り、開けたままの窓に防犯グッズを何個か仕掛け、いざっとお外へ、鍵を忘れてすぐUターン。窓は開けているのに戸締りはしっかりする。
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