最後の夏の夜②

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最後の夏の夜②

 私には、両親がいない。父の記憶もないし母は、私の存在なんて気にも留めていなかったと思う。ただ、私ができたから産んだ。男の気を引く為、いい母親やってます的な道具に使われていたのだと、今思えばそうだった気がする。  そもそも、育ててくれたのは母の祖父母だった。とても良くしてくれるし、今でも感謝している。  でも、母の話しになると「母さんは交通事故で亡くなった」と祖父母は口を揃えて言う。当時、幼かった私は何度も悪夢に魘されていた。母に馬乗りになり、何度もナイフを振り下ろしている男の夢を見ていた。  あれが本当に夢だったのか……土砂降りの雨と血の匂い____男が私に言った言葉と顔がリアルで今でも思い出す。 私は、どうしても母のことが気になり情報を集めた。そして、ある事件に辿り着きその犯人が母で、恨みによる殺人事件が起きた。その犯人の顔を見た時、私は全てを思い出した。   この人だ____  私は、探偵事務所に依頼し男の居場所を突き止め直接会いに行った。その時、全身が震えた。  事件から15年____男は、少し老けたように見えが私の夢の中の人物と一致する。 「私、井上 梨沙」男に、私の名前を告げると激怒し二度と来るなと言われた。  あなたが殺した女の娘よ……相澤 孝志さん。   ※  都内から車で約1時間。車内から見える海を横目に、とある情報を確かめる為ここへ。ナビが示す目的地で車を停めた。  運転席から降りて車道から民家のある方へ歩いた。メールで送られてきた住所を頼りに、その集落を探索し忘れることのない表札の名前に足を止めた。  その古民家は、二階建てで二世帯が充分住める程の広さだった。古いが綺麗に整備されてる様子から今も住んでいるとことが分かった。  更に、そこから数km離れた場所まで車を走らせた。  午前10時過ぎ、今日も真夏日の予報が出ていた。その中、農作業をする人達を少し離れた路肩に車を停め運転席側の窓を開けた。  一眼レフカメラをそちらに向け人物の顔を確認しシャッターを切った。そのデジタル画面の人物は、送られてきた情報の顔写真と合致した。俺は、その人物を遠目に見ながら持っていたタバコに火をつけた。  一通り送られてきたメールの情報を確認し適当なところで車をUターンさせ来た道を走った。運転席側の窓を開け海風を感じながら都内へと車を走らせた。    ※  車を返却し、途中のコンビニで適当に選んだ飲料の蓋を開け一口飲み異様な甘さに顔を顰めた。2、3口飲んでゴミ箱に放り込んだ。  アパートの階段を上り、部屋の前で誰かが立ってこちらを見ているのに気付いた。俺は、より一層顔を顰め足早で部屋の前へ向かった。 「来るなと言ってるだろう」俺は、苛立ちながら梨沙をドアから押し退けた。 「迷惑なのは分かってる。でも…この前、助けてくれたお礼がしたくて……」梨沙は、両手でに持っていたレジ袋を持ち上げた。 「助けた覚えはない」俺は、持っていた鍵でドアの施錠を開けた。 「あっ! 待って…お腹減ってない? 私、近くでカフェやってて…あっ祖父母が喫茶店をやってたところを私がカフェに改装したんだけど…叔父が作ったアイスコーヒー美味しいの……」  梨沙がそこまで早口で言って、黙ったのは俺の腹の虫の音が異様な大きさでなったからだ。俺は、黙れと腹を押さえたが梨沙は声を出して笑った。 「お腹は正直じゃん…ウケる」 「……不味かったら追い返すからな」俺は、ドア開け梨沙を中へ促した。 「え? 上がってもいいの?」 「勝手にしろ」 「お邪魔します」といい梨沙は、俺の後ろをついてきた。  俺は、部屋へ入り照明をつけ床に散らばっている服を退かした。パソコンの液晶モニターをずらし折りたたみ椅子を机の側に置いた。  机の上に梨沙が持っていたレジ袋を置き、中からステンレス製の水筒を2本取り出した。 「コップある?」 「ああ」  俺は、ガラスのコップとマグカップ一つづつ机の上に置いた。  梨沙は、それぞれに氷を入れもう一つの水筒からコーヒーを注いだ。 「どうぞ」梨沙がガムシロップとミルクを差し出した。俺は、それを無言で断りマグカップを取って一口飲んだ。  美味しい…… 随分前に飲んだっきりだ。喫茶店を経営しているのは知っている。もう記憶が曖昧でどこで飲んだのかまでは思い出せないが。 「これは、私が作ってるの。よかったら食べてみてよ」梨沙は、ビニール袋から使い捨て容器を出して開けた。野菜がたっぷり入ったサンドイッチと夏野菜のサラダだった。  俺は、手作り感がある食事を見て更に空腹なのを実感する。サンドイッチに手を伸ばし一口食べた。 「……美味しい」自然と口から言葉が出た。   「良かった。じゃ、私も食べよ」 「お前も食うのか…」 「お昼ご飯食べてないし、ペコペコよ」  梨沙は、サンドイッチを取ると大きな口を開けて旨そうに食べた。 「お前…俺が帰ってこなかったらどうしてたんだ?」 「そん時はそん時よ」  「この前、熱中症になりかけてるんだぞ」 「あれは…気持ち悪いなって座ってからの記憶がない失敗しちゃっただけ」 「・・・」 梨沙は、冷ややかな目をする俺を見て声を出して笑った。 「そんな事気にしなくていいの。私が来たくて来てんだから」  梨沙の他愛もない話しを聞きながら、ほとんど俺が平らげてしまった。梨沙は、満足げな顔で持ってきたビニール袋に、空になった容器や水筒を片付けた。俺が、マグカップに残っていたコーヒーを飲み終えた頃、玄関でインターホンが鳴った。 いつの間にか17時を過ぎていた。俺は、玄関へ行きドア越しに声を掛けた。 「……井上です」  俺は、その名前を聞いて玄関のドア開けた。背丈が180㎝は有りそうな男が立っていた。見覚えのある顔と名前____ ああ…… 「梨沙がこちらにお邪魔していますね?」井上は、落ち着いた声で言った。その声が部屋聞こえたらしく梨沙が玄関へ出てきた。 「お叔父ちゃんなんでここに!?」 「……梨沙、来なさい」 「なんでよ」 「どうせこんな事だと思ってたんだ。急に母親の話を聞きたがるし……すみません相澤さん。この子が押し掛けてきたんでしょう。人の迷惑を考えないところ美咲にそっくりだ」井上は、梨沙の腕を掴み外へ連れていこうとする。     みさき…… 「別に話くらいいいじゃない!」 「彼は、もう私達に関わりたくだろう」 「私にだって知る権利ある!」 「……帰って下さい」俺は、痛み出した左側頭部を押さえた。 「相澤…さん?」梨沙が俺の異変に気付き俺の方へ近付いてきた。 「……帰れ…!」俺は、2人をドアの外へ追い出した。  俺は、突然襲ってきた吐き気にトイレへ駆け込み全て吐いた。 「……なんで生きてるんだ」   ※  一畳くらいの部屋。天井には埋め込み式の照明が一つ、ガラス製の仕切りの向こう側にも同じ照明が一つ付いていた。簡易椅子に座る人物は、白のシャツに黒いジャケットを羽織っていた。男は、無表情のままこちらを真っ直ぐ見ていた。   「井上です。すみません何度も来てしまって」 「……何故、僕なんかに?」  俺は、目の前にいる男と面会するのを拒否していた。それでも何度も訪れる男に興味が湧き面会を許可した。 「美咲は……あの子は、昔から周囲とのトラブルが多くて私達も頭を抱えてました。そんな中、実咲さんはあの子の事を理解してくれてたんです。そんな実咲さんをあの子は……」井上は、眉を顰め俯いた。 『美咲には気を付けてね。あの子、すぐ人ものを欲しがるの。私があげてもいいものならあげるけど……孝志さんはダメよって言ったの』実咲が笑う。 『ペンダントなくしたかも…もしかして美咲かな……明日聞いてみる』実咲は、少し困った顔で笑った。 「相澤さん、娘がいなくなって正直…ほっとしてるんです……」  俺は、立ち上がり後ろにいた警察官に頷いた。警察官は、俺に手錠をしドアを開けた。 「……俺を許さないで下さい。美咲を殺したのは俺ですから」 そこで目が覚めた。窓の外が少し明るくなり始めている。  俺は、喉が渇き備え付けの小さな冷蔵庫からミネラルウオーターのペットボトルを取り出し一気に飲んだ。  なんであんな昔の夢を……  
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