はじまりの月夜をともに

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はじまりの月夜をともに

 蒸し暑さの残る大地を、淡い月光だけが照らしていた。  綺麗に整備された緑の丘。オブジェのようにそびえ立つ、大きな時計台の傍らに置かれたベンチからは、寝静まった真夜中の街が見える。時折吹く夜の風が身体を撫でていく感触と、その音。そして、それ以外に聞こえるのは、低くて穏やかな彼の笑い声だった。 「そうか、またいろいろあったんだね」  私が一通り話し終えたところで、彼がそう言った。  微笑むと目尻に皺のできる彼の横顔や、ゆっくりと針を進める時計台、この季節特有の蒸し暑さと、淡く流れていく風の匂い。それらすべてがまるで現実のもののようで、本当にこれが夢なのかと、いつも疑ってしまう自分がいる。  ――数年前から、亡くなった彼が、こうして夢に出てくるようになった。  その数は、一年に四回ほど。かつて私たちが夫婦になる前によく行っていたこの夜の丘のベンチで、一夜をともにすることができた。その情景は現実のそれが常に反映されていて、その日だけ彼が本当に、この現実の世界で生きているのではないか、とさえ思えるほどのものだった。  はじめはこれを、私のとんだ深層心理が作り出した幻影なのではないか、と思っていたけれど、今年で中学生になる娘も、どうやら同じ夢を見るようになったと言うのだ。  彼に理由を訊いても、そんなの僕にも分からないよ、と申し訳なさそうに笑うだけだった。世の中は理屈じゃ説明できないことだらけなんだし、どのみちこうやって限られた時間でも会えるんだから、それでいいじゃないか、と。
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