5.ついに来た! 早季様が本を閉じる時。

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 部屋の空気が乾燥してくるにつれて、雪女の姿が心なしか小さく縮んでいるように見える。 『壮太さん……』  その声は怒気を抑え、憐れみを誘うような響きがある。友香の背後で気配が揺れ動いた。 『壮太さん、私たち好き合っているのよ。ずっと一緒にいようと言ってくれたでしょ?』  「壮太、耳を貸すな」 『壮太さん、こっちに来て。私のところに。私と一緒に幸せになりましょう』  友香が振り向くと、壮太が虚ろな目をして佇んでいた。壮太の体が前へと傾く。一歩。また一歩。前へと踏み出していく。 「壮太さん!」  友香は壮太の腕を掴んで引き留めようとした。だけど、壮太は霊体だ。友香の手を擦り抜けてしまう。  だったら、もう声を掛けるしかない。友香は雪女を指差しながら壮太に向かって声を上げた。 「壮太さん、よく考えて。顔も名前も忘れちゃうような彼女さんだよ! 本当に好きだったの? ほら、よく見て!」  見たら分かる。彼女さんは人間じゃない。銀髪で、目に色がなくて、恐ろしく色白の妖怪だ。 「百歩譲って、美人かもしれないけれど、あの目、めちゃくちゃ怖いよ! あの白い肌見てよ、絶対生きた人間じゃない。怖いよ!」  こんだけ言っているのに、壮太はまた一歩前に進んでいく。ぼんやりとした表情でまた一歩。  明らかに操られているのだ。 「壮太さん!」  その時だ。友香の両手から小さなものが飛び出した。それは白い毛並みを輝かせて、壮太の顔面に体当たりした。 『ぶっ』  壮太はその小さなものを顔から引き離し、眉を顰め、それを確かめようと自分の手の中を見やる。 『ハム太!』  そう。それは意識を取り戻した火鼠だった。 『ハム太、本当に生きていたんだな! 死んじゃったのかと思って寂しかったんだぞ。良かった。本当に良かった!』  壮太は正気を取り戻し、ハム太を胸に抱き締めると、ハッとして玄関の方に視線を向ける。そして、げっと小さく声を漏らして、腰を抜かして後ろに尻もちをついた。 『なっ、なんだ、あれ⁉』 「なにって、壮太の彼女じゃん」 『えっ。う、うそだ……』  嘘じゃないです。残念なことに。  雪女は壮太の様子を見て、己の失敗を察したようだ。悔しさを隠し切れずに表情を醜く歪めている。  早季は頃合いだと見たようだ。刀の先を雪女に向ける。 「この世は弱肉強食。喰った、喰われたは、世の常だが、ここ――九堂家のお膝元で狩りをしようとは許しがたい。到底見過ごすことはできぬ。九堂家次期当主として、お前を成敗する」  時代劇か? 短槍使いに拘るのはもうやめたらしい。  早季は時代劇の見せ場ばりの口調で雪女に向かって言い放つと、刀を構え直す。  雪女の方も逃げ切れる相手ではないと見て覚悟を決めたようだった。再び冷気が白いもやとなって流れ迫ってくる。 「炎刈」 『承知』
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