真夜中三時の青椒肉絲

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 気がついた時には男の家にいて、青椒肉絲を食べていた。何故。  兎にも角にも、中華料理というものは油っこい。そして美味しい。生きてるって糖質脂質を気にしないでいられることだと実感した。  もしゃもしゃと一心不乱に青椒肉絲を咀嚼している私の横で、男は話を進めていく。どんどんどんどん、進めていく。  その遠慮のなさがどうしてか心地よかった。 「俺はダイゴローという。本名じゃない、MCネームだ。んで、何をしているかっていうと、」 「ラッパー、でしょ?」 「おう! なんで分かったんだ?」 「言葉で世界なんて変わらないから。そんな臭いこと言えるのはラッパーだけでしょ」  ダイゴローの眉に皺が寄る。  お気楽に生きてる奴を不快にさせるのは凄く愉快だって知ってるもんね。  小娘に馬鹿にされたダイゴローが怒って、私を殴って、追い出して、それでまた日常が戻ってくる。  それでいい。  なんなら、青椒肉絲が美味しかったからお釣りがくるくらいだよ。  だけどダイゴローは思ってたほど器の小さい男じゃなかった。 「まぁ、そうだな。うん、まずはお前のMCネームを決めよう」 「はぁ?!」  口からピーマンが飛び出た。  ……汚い。 「汚いぞ。飲み込んでから口を開け」 「んな事は知ってるよ。てか、なんで?」 「ラッパーになるにはMCネームが必要だろ?」 「〜っ! そうじゃなくって!」 「そうだなぁ、薔薇キノコってのはどうだ?」 「ちょっと人の話聞いてるわけ?」 「聞こえないね。薔薇キノコ、いいね。綺麗な名前でお似合いだ」 「そもそもラッパーになるなんて言ってないし」 「いや、なるんだよ。俺がフロウやライムを教えてやるから、まずは好きにリリックを紡げばいい」 「はぁ?!」  今度は肉片が口から飛び出した。  汚いってちゃんと理解してるからね?
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