峠の信号所

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 ある夜の峠を、ヒグマの親子が走っている。母と2頭の小熊だ。どうやら夜中に峠を越えようと思っているようだ。  夕方から突然降り出したた雨はなかなか止まない。晴れ続きで暑い日が続いている中で珍しい。いつになったらその雨は止むんだろう。  ヒグマの親子は雨宿りをするために洞穴に入った。そのトンネルはレンガ積みで、少し朽ち果てている。何年も手入れをしていないようだ。 「雨、止みそうにないね」  子どもは外を見て不安になった。いつになったら止むんだろう。止まなければ先に進めない。どうしよう。 「うん」  母も不安そうだ。早く止まないだろうか? 「ここで雨宿りしよう」  ヒグマの親子はここでしばらく雨宿りをすることになった。中はとても暗い。そして所々崩れそうになっている箇所がある。大丈夫だろうか? 「どうしてこんな所にこんな洞穴があるんだろう」 「そうだね」  小熊たちは疑問に思った。どうしてこんな所に洞穴があるんだろうか? ここに人が住んでいたんだろうか? この洞穴はどれぐらい前に掘られたんだろうか? 「ちょっと奥に行ってみるね」 「気を付けてね」  小熊たちは奥に行ってみる事にした。洞穴は奥に行けば行くほど暗くなっていく。そして、所々にレンガが落ちている。その量は奥に行けば行くほど多くなっていく。この先には何があるんだろう。  だが、しばらく歩くと、行き止まりになっている。よく見ると、土砂が流れ込んでいる。この先にも続いていたが、崩壊して土砂が流れ込んだようだ。今も使われている洞穴なら、直してまた通れるようにするはずだ。そのままなのは、もう使われていないからだろう。 「あれ?」  小熊たちは首をかしげた。どうしてここで途切れているんだろう。この先には何があるんだろうと思ったけど、何もなくて途中で途切れている。  小熊たちは行った道を戻る事にした。楽しみにしていたのに。とてもがっかりだ。 「お母さん、途中で崩れちゃってる」  入口付近で、母は雨宿りをしている。まだ雨は止まない。なかなか先に進めない。 「ふーん」  母も首をかしげた。どうしてこんな無人の山林に洞穴があるんだろう。ここに人がいたんだろうか? 「今日はもう遅いわ。寝よう」 「おやすみなさい」  結局、ヒグマの親子はここで眠る事にした。明日、雨が止んで晴れているといいな。辺りはとても静かだ。この辺りに人はいないようだ。  朝、ヒグマの親子は目覚めた。外は晴れている。雨は止んだようだ。ヒグマの親子はほっとした。これで先に行ける。  洞穴の外は、開けた所だ。夜は暗くて、よく見えなかったが、その先には建物がある。ここには人がいた事を証明している。 「この原っぱは?」  原っぱは少し盛り上がっている。どうやら人工的に造られた物のようだ。ここには何があったんだろう。民家があったんだろうか? それとも何かの建物だろうか?  ヒグマの親子はその建物にやって来た。その中には誰もいない。もう何年もいないと思われる。ガラスは割れ、やや朽ち果てている。 「さて、何だろう」 「建物?」  よく中を見ると、道具がある。道具はほこりまみれで、もう何年も使われていないようだ。一体この建物は何のためにあったんだろうか? 「ここには人がいたのかな?」  ふと、反対側に目をやると、柱が立っている。その柱は赤錆びて、今にも倒れそうだ。その柱は、腕木式信号機だ。だが、ヒグマにはわからない。 「この柱は何だろう」 「さて」  と、小熊たちは草むらの中から何かを見つけた。2本のレールだ。そのレールは洞穴に続いている。どうやらその洞穴は鉄道のトンネルだったようだ。 「レールだ!」 「だとすると、ここは、鉄道の跡? だとすると、あの洞穴も鉄道の跡?」  ここはスイッチバックの信号所の跡で、ルート変更によって廃線になったそうだ。あのトンネルは長大で、断面が小さくて、更に急勾配だった。信号所側の入口には煙の逆流を防ぐための幕が取り付けられていたそうだ。  と、小熊たちは荒野の向こうに目をやった。遠くの原野がよく見える。その向こうには海がある。とても美しい風景だ。 「すごい景色!」 「本当だ!」  小熊たちは思わず息を飲んだ。こんなに素晴らしい風景は見た事がない。こんな場所があったんだ。ここで暮らしたいな。  そこに、1頭のヒグマがやって来た。高齢で、足が少しぎこちない。 「ここにはかつて、汽車が走っていたんだよ。だけど、もう汽車は来ないんだよ」  そのヒグマは昔からここにいて、その信号所の様子を見た事がある。長大な列車が次々と行き交い、時にはスイッチバックの引き込み線で退避してから先に進んだ。 「そうなんだ」  と、遠くで汽笛が聞こえた。この区間が廃止になり、その後新たに建設された線路だ。線路の上をディーゼル特急が高速で通過していく。もう蒸気機関車の汽笛は聞こえない。この辺りも無人の山林だ。昔からここには人が住んでいなかったようだ。 「このままこの大地は自然に帰ってしまうのかね」  年老いたヒグマは寂しそうな表情だ。それが時代の流れだろうか? この近くに集落があったものの、みんな出て行ってしまい、その集落は消滅してしまった。そして、元の山林に戻ってしまった。それは正しい事なのか? それとも正しくない事なのか? 「果たしてそれはいい事なのか、悪い事なのか」  仲間から聞いた話によると、人々は遠い所に移り住み、そこに集中しているという。所々、昔の所に住み続けている人がいるものの、その数は段々減っているという。果たしてそれは時代の流れだろうか? そうなるさだめだったんだろうか? その答えはわからない。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!