価値観

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価値観

「朋ちゃんの娘ちゃん、めっちゃ旦那に似てて笑える。見て見て」 「いやあぁ、ほんまやわぁ。凛々しいええ顔してるやん」  姉貴の友達の子供が写ってるらしいスマホの画面を見せられたオカン。オバハン特有の抑揚で目尻下げて画面に見入ってるけど、ムスメちゃんに「凛々しいええ顔」は正解の褒め言葉なんか? 「おまえまだ彼氏おらんのか? もう30やろが」  そんなオトンの問いに姉貴はケーキの上のイチゴを皿の端に転がしながら深く眉を顰める。その手に変に力が入ってるのに気づくようなオトンではないし、酒が入ってると面倒になるタイプやから、姉貴とは昔からよう揉めてた。 「帰ってくる度それ聞いてくるけど、やめてくれへん?」 「男はともかく、子供産まなアカンのやから年取ったら取るほどしんどくなるんやぞ」 「産んだことない人に言われたくないですぅ」  まだ自らを抑えようとしてるのがわかる姉貴の声。兄貴と俺、そしてオカンはそれがわかってるから話を逸らそうとするも、酒の入ってるオトンはその辺も全く察することなく更なる言葉の暴投を続けた。 「少子化が益々すすんだら困るの自分らやぞ。AIがどうのいうたかて頭使う仕事ばっかりやないんや。人の手ぇいうのは絶対いるんやから。介護する人間や道路直す人間も今ですら足りてへんのに、お前らが年取ったとき、どうするんや。子供産むんは女性しかでけへんのやから、おまえも仕事仕事ばっかりやなくて──」 「けど、お父さん、ネエはせっかくいっぱい勉強して大きい企業入ってここまでやってきてるんやから、そりゃまだまだ全力で仕事やりたいわよ」  オカンがアシストに入るけど、オトンはそれをかわしてなおも姉貴への口撃を続ける。 「30過ぎたら貰い手なくなるねんぞ」 「貰うてもらわんくて結構なんで! ちゅうか、そんなん会社で言うてへんやろな? この令和の世に恥ずかし」 「SNSで大炎上するやつやん」  ヘラヘラ笑う兄貴に、オトンのエンジンがますますかかる。 「お前もや。ええ年してゲームばっかりせんと、クリスマスにデートするような相手つくらんかい」 「いやいや。そもそも恋愛ありき、みたいな世の中の風潮がおかしい思うねんけど。俺の周りかて結婚してるのなんて数人やで。今日日そんなもんやて」 「生物は遺伝子残してこそ存在する意義あるねんぞ。せやからワシはもう子供三人おるから、もう消化試合やねん。おまえらも子孫残さな生物として負けてるんや」 「はあ? 納税ちゃんとして不妊治療通ってる人にそんなん言える?!」 「不妊の人はしゃあないやろ。それは。そんな一部の人とりあげてるんやないやろ。それこそそんな人のためにも産める人間が産んで、次の納税者作らなあかんのやろが」 「そんなオトンみたいな古い価値観もってるんが跋扈してるから、女の社会進出が進まんねん!! 大した解決策も出さんまま産め産め言うばっかりでさあ!」  イブの夜。  どんどんヒートアップするオトンと姉貴。仲裁するつもりか煽るつもりようわからんオカンと兄貴を交えて、出生率がどうの、法整備がどうの、政治がどうの、なんやら朝まで生テレビの様相を見せてきた。  いや、もう何なん? クリスマスケーキくらい楽しく食おうや。    巻き込まれる前に部屋戻ろうと、残ったケーキを口に放り込んだときやった。 「何がパートナーシップ条例や。ホモやらゲイやら知らんけど──」  耳に飛び込んできたオトンの言葉に、心臓がドキリと跳ねる。 「そんなもん認めたらあかんやろ。オッサン同士で気色の悪い。見えん所でやるんは自分らの勝手やけど法律で認めるなんてことするから調子に乗ってしゃしゃり出てくるんや。  それこそホモなんてもんは子孫残すことできるのにせん、生物的におかしいやつらなんやぞ」  まさかの発言やった。  ケーキ咀嚼するの、忘れるほどの。  え? 生物的に、おかしいん、か、俺。  え、いや、まあ、俺は、別にホモちゃう、けど。  そうやけど── 「SDGSのこの世の中にどんな差別発言や! オトンの言い分やったら、ゲイよりレイプして妊娠させた犯罪者の方が生物学的に優れてるってことになるんやで!!」 「犯罪はあかんやろ! それは極端すぎや」 「けど結局言うてるのはそういうことやんか!」 「それは、犯罪はアカンわ。それはな。けどカッコウ見てみい。托卵してでも子孫残してるやろ。生物っちゅうのはそういうもんや」 「うわ。最悪。ほんまありえへん」  ───同性と結ばれるんは、犯罪者と同列に扱われるほど、アカンことなんか?  俺は、別にゲイちゃうし。  もう、圭人とは別れてるけど。  そうやけど───。  息が、苦しい。 「──気分悪い。自分の親が、そんな考え方してるとか、ほんま、どん引きや───」  今まで無言やった俺の呟きに、三人の目が俺に注がれた。  俺の中にこみ上げる苛立ち。腹立ち。羞恥。  羞恥?  俺は─── 「皿、後で片付けるから───」  俺は力任せに立ち上がると、部屋に駆け上がった。  
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