類稀なる青の果てに

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 茹だるような夏の夕暮れに身を潜め、僕は大きな黒いゴミ袋を持って、丘の上にある公園へと向かった。  橙色の夕焼けが長く濃く僕の影を坂道に伸ばしている。 「よいしょっ、と」  ふぅ、と額の汗を拭いたそのときだった。  ガサリと目の前の茂みが揺れて、見知らぬ人間が現れた。  否、正確には見知った人物ではあったのだが、そのことを当の本人は知らないだろう。  その人はピンク色の長い髪を風に靡かせ、僕を真っ直ぐに見ていた。  女というには体格が良く、男というには少々美しすぎる容貌だ。  つまるところ性別不詳な人物であったが、僕にとってはどこまでも「彼女」として認識する人でもあった。  当然のことながら、僕は彼女の名前を知らなかった。  だが、何故ここにいるのかには見当が付いていた。  それは、彼女が僕の兄である雪のストーカーであったからだ。  僕の訝しげな視線に気付いたのか、彼女は慌てて返事をした。  不意打ちの出会いにときめいた興奮はどうやら上手く隠し通せたようであった。 「あ、これは違うのよ、あおくん。付いてきたわけじゃなくってね」  照れたように顔を両手で覆う仕草はとても可愛らしい。  初めて聞いた声は少し野太く、艶やかだった。  ほぅ、と感嘆の溜め息をついた僕。  その腕に抱えていたゴミ袋にようやく気付いた彼女は不思議そうに首を傾げた。 「って、あれ? その袋は何かしら?」 「これから埋めるものだよ」 「ここに?」 「ここに」 「ふぅん。中身は?」 「僕の分身」 「へぇ、思い出とか?」 「かもね」 「私、こう見えてもかなり力持ちなのよ? 手伝ってあげるわ」  彼女はふふんと得意げに微笑んで力こぶを作った。 「じゃあ、お願いしようかな」 「任せて」  どの遊具の下に埋めようかと話し合う時間はとても幸福であった。  結局、ゴミ袋はブランコの下に埋めることになった。  幸いにも、ほとんど誰も来ない公園なので誰かに不用意に見つかることもない。  その上、久しく踏み荒らされていない公園の土はふかふかに柔らかで、掘り返すのも簡単だった。  代わりに大量生成された頑固で強靭な雑草を引き抜く方が大変だったけど。  ざくざくと軽快に土を掘り起こしている彼女の横顔に向かって僕は話しかけた。 「ねぇ、どうして僕の名前を知っているの?」 「え? この前教えてくれたじゃない」  きょとんと瞬きをしたその無垢な表情で、僕は全てを理解した。  雪だ。  僕とよく似た顔をした彼は、人をたぶらかす天才なのだ。  それも僕の名前を使うものだから、タチが悪いのである。  全く、困った兄だ。  結果、彼女のようなストーカーが生み出してしまうので、やっぱり兄のことは尊敬出来ないや。 「ふーん。そうだっけな」 「忘れてたの、酷い!」 「まぁでもこうしてまた出会えた訳だし、ね?」  大きな穴にゴミ袋を放り込んで、また蓋をした。  これでおしまい、さよならだ。  全ての作業を終え、帰路に着く頃には月が随分と高く登っていた。 「ねぇ、君の名前を教えてよ」  僕の問いに彼女は心底嬉しそうに笑ってくれる。 「紅葉よ」 「綺麗な名前だね」 「うふふ、ありがとう」  この日から、僕と紅葉は急速に仲を深めていったのだった。  それはまるで乱気流のように、僕たちの感情を巻き込んで激しく、高く、突き抜けていく毎日だった。
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