ハンプティ・ダンプティは鍋の中

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他人と住むと言うのは予想以上に悪いものではない。 よく言う結婚前に同棲はした方がいいのか、悪いのか、と言う論争。 した方がお互いの事が良く知れて結婚前の対策が出来る、逆に価値観の違いが露見されてこんなのと結婚なんてしなくて良かったと思えるだとか、してしまったら新婚時の甘い時間が薄れる気がする、結婚する意味があるのかと思えるから不要、だとか。 一人一人考え方も違う、見方も違えば捉え方も違う。 だからそんな論争なんて結果論にしか過ぎず、同棲しようがしまいが駄目になるものは駄目になるし、そのまま二人して幸せになれる事だって当たり前にある。 けれど少なくとも吉木律にとって他人と暮らすなんて苦痛以外の何者でもないと思っていた。 何が嬉しくて他人と同じ屋根の下で暮らさなければならないのだ。大貫がルームシェアをすると鼻息荒く宣言してきた時も、正直マジかよ、物好き過ぎる、なんて思ったのは言うまでもない。 そう言えば、『彼女』の時も一緒に住むなんて考えもしなかった。 外で会ってデートで十分。 ご飯を作ってあげようか、なんて言われたけれど、申し訳ない、気が引けるなんて断ってはいたが本音を言えば面倒だ、と思ってしまっていたのも事実。 当時住所も教えていなかったというのに、家を知られて押しかけてこられても困ってしまうかもしれない。押しかけ女房のようにふるまわれると余計に、と。 出来たら自分のテリトリーは荒らしてほしく無いだとか、思っていたのだろう。 (こんなんで俺よく好きだなんて思ってたもんだわ…) キッチンに立つ後ろ姿をぼんやりと眺めながら律からは重い溜め息が零れる。 そんな彼の息遣いに気付いたのか、こちらを振り返る帆高が少し心配そうに眉根を寄せた。 「大丈夫っすか?あの、今日みぞれ煮なんですけど…イケます?」 バイトから帰って来たばかりですぐに風呂に直行すると思っていた律がそのままテーブルの前で立っている。何かあったのだろうかと心配するのは当然の事だ。 もしかして具合でも悪いのかとお伺いするも、 「いや、大丈夫。腹も減ってるし」 ふるっと首を振りながらそう答える相手に安堵する帆高の目尻が下がる。 「良かった。今日のバイトどうでした?風呂どうぞ。俺も後から、」 「帆高さぁ」 「はい?」 「一緒に風呂入りたいんだけど」 「お、」 っと…。 無意識に身体を一歩下げる帆高の顔色が赤から青へ、そして再び赤へと。 「何で照れてんの?何か不安?」 「い、いや、そうじゃなくて…」 普通に恥ずかしいっていうか…。 消え入りそうな声にいつもの癖。 少し尖らせた唇が小さい子供のようで可愛らしいのに、セックスまでしといて何を今更と笑ってしまいそうになる。 「セックスとかしてんのに」 だからこそ、ちょっと意地悪な気持ちになってしまうのが不思議だ。 「……そう言うんじゃなくて、」 困っている顔が可愛くてたまらない。今帆高の頭を占めているのが自分の事だと思うと愉悦が蓄積される。 「駄目?」 ず、 「ーーーーーーーーーっるいわー…」 たっぷり間を置いて、眉間に皺を寄せた帆高がぼそりと呟くエプロンを脱ぐ。 「律さんて、結構甘えたっすよね…」 「そう?」 耳まで赤くなっていると言うのに律の手を掴んで風呂場へと引っ張る帆高は矢張りどこからどう見ても男だ。 「はい…脱いで下さい」 「脱がせてくれねーの?」 「あー…もう」 脱衣所で律のシャツのボタンに触れるゴツゴツとした手も筋張った腕もそれなりにある身長だって肩幅も、そこら辺に居る男達と何ら変わりないのに。 「ねぇ、帆高」 「…何っすか」 「セックスより風呂のが恥ずかしいのって何で?」 「その話まだ続くんすか…」 他人様のボタンを外すのは意外と難しいらしい。 自分で脱げば早いのだけれど、悪戦苦闘する帆高を見ているのも悪くない。いや、むしろ楽しいとすら思える。 羞恥から震える短い睫毛も愛らしい。 「気になるだろ。好きな相手なんだから特に」 駄目だ。これは答えない限り明日までも問われ続けるかもしれない。 そう思ったかどうか定かでは無いが、ボタンを外しながら視線を此方に向ける事もしない帆高だが、何やらぽつりと声を発す。 「?何?聞こえない」 「風呂って…その意識しっかりしてるし…」 「ーーーーは?」 「だ、から…っ、」 エッチの時は気持ち良くて訳わかんなくなってるから…、 ーーーーひゅ、 っと、息を呑んだのは律の方。 目の前に星のエフェクトが掛かったように視界がキラキラと反射する。 「そ、それにエッチの時は引っ付いてるし、一部分見られるのと全身見られるのって、こう、ちょっと違う気がするっすよね…」 ようやっとシャツのボタンを外し終え、半ばヤケクソ気味に中のインナーを引っぺがす帆高だが、次っと黒のスキニーパンツに指を掛けた先でピタリとその動きを止めた。 「ーーーーーあの…律、さん、」 「………」 「…何か、すげー…その、」 勃ってるん、です、けどーーーー。 これじゃボタンが外しづらいなぁ、なんて言いたい訳じゃない。 何故ならこの質量、100%なのでは? 恐る恐る見上げてみれば、絡み合うのは熱を孕んだ律の蜜色した眼。 「まじで、お前、」 ーーえ、ええ? ーーーーー数時間後、半泣きになっている帆高へと今度は律が部屋着に着替えさせる中、初めてのお風呂セックスだからと言って浮かれて記念日になんてしたら怒るんだろうな、とニヤける口元を抑える男だが、堪えきれない気持ちは直ぐにベッドへと直行するのだ。 同棲、最高じゃん。 いや、それは帆高限定だな、と。
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