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若隠居と嵐の孤島(5)
鬱蒼と茂る木々で薄暗い影になったところを歩いていると、幹彦とチビが何かが大量に群れになって近付いて来ると言ったので、全員で警戒して備えていた。
そうしていると、道が何だかモゾモゾとうごめいているように見えた。
「気のせいかな」
「いや、あれだな」
チビが少し憂鬱そうに言うので、僕も幹彦も目をすがめるようにして前方を見た。
それでやっとわかった。体長二十センチほどの小さいアリの大群が、道いっぱいに広がって近付いて来るのだ。
「うわ、面倒くさそうだぜ」
幹彦が嫌そうに言い、チビが嘆息して頷く。
「その通り。ギ酸を飛ばしてきたり、骨くらいなら噛みちぎってしまうような歯で噛みついて肉を食いちぎるやつだ。あれの群れが通った後は骨も残らん。
そのくせ甲殻は固いからきっちり関節を狙う必要がある。とにかく面倒で、私も、見つけても相手をせずに放っておいたくらいだ」
ガン助が、
「岩で閉じ込めるとかはできないでやんすか」
と訊くが、チビは首を振った。
「わずかな隙間から這い出てくるし、岩を砕いてしまうからな」
「燃やしちゃえば?」
ピーコが言うが、
「熱にも耐える。あいつらは溶岩の上でも平気だからな」
と信じられないことを言った。
「じゃあ、片っ端から正攻法でやるしかないようだの」
じいが言い、それを想像して全員でためいきをついたが、アリは目の前に迫ってきていた。
「仕方が無い。やるか」
幹彦が言って、僕たちはアリの大群に向かうことになった。
アリの巣ごと駆除する薬品とか、持っていれば効いたんだろうか。次はそういうのも空間収納庫に入れておこう。
そう思いながら、手当たりしだいにアリの首の付け根の関節を狙っていく。
ギ酸が飛ぶ前にしなくてはならないのが難点だが、ギ酸を吐く前に動きを止めて力むようになるので以外とどうにかなった。
それでも辺り一面が黒く見えるほどのアリの群れだ。終わった時には精魂尽き果てた気分だった。
「はあ、参ったな。ひとつひとつはたいしたことが無いのに、群れだと途端に難儀になる、見本みたいな奴らだったぜ」
幹彦が言うのに、深く同意する。
「さ、行こうか」
のんびりしているわけにはいかない。僕たちは先に進むことにした。
そうして歩いて行くと、どうも新たなステージに変わったらしい。生い茂った木々はいきなり消え失せ、辺りは一面の草原になった。
ラドライエ大陸のダンジョンでこれと同じような体験を初めてした時は、随分と奇妙に思えたものだ。しかしこれもダンジョンの不思議のひとつと言われれば、そういうものかで済んでしまう。
赤、黄、オレンジ、紫などのポピーに似た花が咲き、ピクニックでもしたくなるようなのどかな雰囲気である。
しかしここはダンジョンだ。どこかに魔物がいるのは間違いがない。どこにいるのかと探しながら歩いていると、咲き乱れる花の中に紛れ込むようにしていた何かがゆっくりと動くのが見えた。
大きくて、平べったくて、黒と白と黄色が入り交じったような何かだ。
「あ。ちょうちょ」
ピーコが言った時、それは羽根を大きく広げて軽く飛び上がり、口元の長い管のようなものをくるくると巻き取るようにして縮めた。
大きさはともかく、それは正しく蝶だった。
「一匹だな」
周囲を探って幹彦が言う。
よく見ると、蝶が留まっていたのは花ではなくイタチのような小動物だった。しかしその背中には小さな丸い穴が開き、体は干からびるようにしぼんでいた。どうやらあの蝶は、花の蜜を吸うのではなく、動物の血液を吸うらしい。
「燃やしておしまいにする?」
ピーコが張り切るが、慌てて止める。
「火は厳禁だからね。草に燃え移ったらあっという間に燃え広がって火に囲まれるって聞いた事があるから」
昔、そういう焼死体の解剖をしたときに消防隊員から聞いた話だ。
「来るぞ!」
チビが言った直後、蝶は大きく飛び上がりながら羽根を動かした。その羽根からキラキラしたものが落ち、風に乗って広がりながらこちらへと迫る。
「何よ!」
ピーコがイライラと言ったが、その風に中に巻き込まれ、次の瞬間、墜落した。
「わああ!!」
慌てて地面に激突する前に受け止めようとするが、近くにいたじいが素早くピーコの体を殻に乗せた。
「居眠りしておるぞ」
耳を疑ったが、そうか。
「あの鱗粉で眠らせて、管を刺して血液を吸うんだよ」
蝶は余裕を見せるように、ゆったりと宙に浮かんでいた。
そこから、もう一度羽根を大きく動かそうとした。
「同じ手は食わないよ」
風を放ち、蝶の風を相殺する。その上で、威力を強めて暴風に巻き込み、蝶を地面に叩きつける。同時に、鱗粉が散らないように羽根を凍り付かせる。
「後は俺だな!」
幹彦は足をもがくようにしてうごめかせる蝶の胴にサラディードを突き立て、蝶は硬直したように一本の真っ直ぐな棒のようなものになった後で消え、ビー玉くらいの魔石と羽根を四枚残した。
「羽根?」
「何かステンドグラスみたいだなあ」
まあ一応ドロップ品だから拾い上げ、収納する。
ピーコはまもなく目を覚ましたが、蝶の計略に引っかかったと随分悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「毒じゃなくてよかったよ。皆も気をつけていこうね」
言って、僕たちは足を進めた。
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