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要するにこれは、そういうことなんだろう。
リャオは頭一つ分低い位置からこちらを睨むように見上げている。
「ちょっと顔がいいからって己惚れてんじゃないの」
「え?」
「いつまでも触らないでくれる、そろそろ離して」
目の前で転んだから助けた。
ただそれだけのことが、このリャオにかかると、自分の顔面の力にかかれば女は触り放題だと思い込んでいる男に悪戯されているかのよう。
違う、とどれだけ言ってもリャオは納得しないし、むしろぴいぴいとした囀りは勢いを増すばかりだということを知っているから、ファンウは素直に手を離して微笑んだ。
「ごめんね、リャオ」
「名前を呼んでいいなんて言ってない」
「ごめん、俺がリャオって呼びたいんだ」
「…は?」
「今のも助けたいから助けただけ、だってリャオが泥で汚れちゃうから」
雨上がりの道はぬかるんでいる。
まだ天気は曇りのまま、しばらく道はこのまま乾かないだろう。
そんな状態の悪い場所で、おそらく小石かなんかに足をとられて躓きかけていたのがこのリャオだ。
真新しくて、いつもよりも華やかな刺繍の入ったリャオの服は明らかによそ行きの装いだった。
「可愛い恰好だね、どこか出かけるんでしょ?その前に服が台無しになったらリャオは悲しいかなって思ったんだ」
ファンウの穏やかな言葉に、リャオは猛然と抗議した。
その頬がほんの少し赤みを帯びていることに、もうファンウは気づいている。
「べ…別に!出かける予定なんかない!」
「そうなの?」
「そうなの!こんなの…あ、新しい普段着でしかないのに変に褒めたりして…本当に己惚れてるって思われても仕方ないと思うけど!」
こちらを強く睨みつけていたはずの視線は、いまや新しい居場所でも探すようにうろうろと彷徨っている。
両手をぎゅっと握りしめて、新しい服の大腿のあたりに皺を作ったりして。
つっついてみたいな。
ファンウは体の内側を這い上がるような欲求に負けて、穏やかな微笑みをもう一度浮かべながら口を開いた。
「もしかしたら、己惚れてるのかも」
「え、な…何よ突然」
「だって今日は俺の誕生日でしょ?なのに何の用事もないはずのリャオが俺の家の近くにいるんだ、しかも可愛い恰好をして」
瞬間に、リャオの両耳は真っ赤に染まった。
目を動揺に大きく見開いて、服の皺はいよいよひどくなる。
「おめでとうって、言いに来てくれたんじゃないの?」
「ち…ちが…」
「じゃあなに?なんの用事でここにいたの?」
ファンウの追及は、結局は確信のもとに行われている。
だからこんなにも堂々としていて迷いがなく、そしてそれがあるからここまでリャオを追い詰めるのだ。
ファンウは、頭一つ分下にあるリャオへと顔を近づける。
「ねぇ、先にありがとうって言ってあげる、そうしたらちゃんと言えるでしょ?」
「だ…から、ちがうって…」
「リャオ、こんなに真っ赤になってたら説得力がないんじゃないかな」
とたんに勢いよく両耳を押さえるリャオに動作がどこか小動物じみていて、ファンウは思わず笑みを深くする。
「ありがとう、嬉しいよ」
「や…やめ…」
「服も可愛いし、真っ赤になってるのも可愛い、そんなリャオに祝ってもらえて今日はすごく良い誕生日だ」
とうとうリャオは、その大きくなった両目にじわりと涙を浮かべた。
真っ赤な顔のままきゅっと引き結んだ唇はちいさく震えて、抗いがたいなにかと必死で戦っているようだ。
いいな、すごくいい。
もっと困らせたら、もっといいものが見れる気がしてならない。
だからファンウはその気持ちのまま続けた。
「リャオ、ほら言ってごらん」
「あ…」
「あ?」
「あんたの誕生日だなんて知らなかったもん!そんなの己惚れに決まってるでしょ馬鹿!」
そしてリャオは勢いよく走り出した。
さほど足の早くないリャオだが、ぼんやりと見送るだけのファンウの視界からその後ろ姿はすぐに遠くなる。
捨て台詞は人気のない道にしばらく余韻を残して、やがて消えた。
「まぁ、間違いなくそういうことだよね」
いまだ走り続けているであろうリャオに向かって、ファンウは笑みを浮かべたままぽつりとつぶやいた。
昔から大人しくて、村の中で目立つ存在ではなかったリャオとの接点はなかった。
けれど最近になって、どうしたことか身だしなみを整え始めたリャオはことあるごとにファンウにつっかるようになった。
長かった前髪を切って現れた新緑の色の瞳は強くファンウを睨んで、ふっくらと薄桃色に塗られた唇は小鳥のさえずりのような顔をして侮辱を口にする。
嫌いならば近寄らなければいいのにそうしない。
己惚れだというならファンウの言葉など聞かなければいい。
なのに、リャオは抗議するたびに真面目にファンウの反応を待って、そして顔を赤くしてまた抗議する。
地味で、存在が希薄で、そういえばそんな子もいたなという程度の認識でしかなかったはずの女の子。
それがファンウのなかでここまで大きな場所を占める何かになるとは全く、思いもしなかった。
「ふっかけてきたのはリャオなんだからね?」
意地っ張りで素直じゃなくて、そのくせに必死でファンウに手を伸ばす。
これが愛しく思わずにいられようか。
要するに、ファンウにとってもそういうことになってしまっている。
だから、貰いそびれたお祝いの言葉を受け取りに、リャオが逃げ込んだ先の自宅に向かって、ファンウはのんびりと歩き出したのだった。
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