残酷に競う薔薇は馨しく

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 あれはまさに運命だった。  予期せず戦場で出会い、共に戦い、共に語らい、兄とさえ慕った身分違いの戦友は因縁のクロスオルベ侯爵家の末裔だった。  強く勇敢で、どうしようもなくお人好しで―――、戦地から戻ったら必ず迫害から助けると約束したのに、己を助ける為にその命を投げ捨てた底抜けに優しい人だった。  彼を救えなかった罪悪感に精神を病み、一族の領地であるヴェルフォートに移動させられた時の無力さは絶望に等しかった。  父や兄達からは弱卒無能のレッテルを貼られ、それから長らく空気のように扱われた。  終わりのない地獄の中、彗星の如く現れたカルディナの姿を新聞記事で目にした時の衝撃は凄まじかった。  よく似た顔付きに、一目で彼の娘だと気付いた。シャンティスの姓で間違いないと確信した。  会わねばと―――、会って謝らればと衝動に駆られたが、彼女の階級の高さと究極兵器の使い手と言う肩書きから、そう簡単にはいかなかった。  血筋以外何も持たない自分の立場に手を拱いている間にも、彼女はどんどん手の届かない英雄になって行った。  歴史の闇に葬られ、とうの昔に滅んだとされていたクロスオルベ侯爵家も復権し、彼女はその当主となった。  社交界がそんな彼女の事を放って置く筈もなく、敵対派閥の貴族達が次々にラブコールを送る中、ヴェルファイアス当主である父も権力の目を光らせて動き出した。  宰相という肩書と妃の父君という立場を利用して王位継承順位二位のアルファルド王子を懐柔し、無理矢理に彼女との出会いの場を設けさせた。  それまで臭い物に蓋をするように話しかけもしてくれなかったのに、唐突に領地での大規模な夜会に出るよう命じられ、出席する事になった彼女を必ず落とせと命じられた。  他の虫が寄らぬよう亡命中の旧アウディシア公女と見目麗しい騎士を引っ張り出し、話題を反らさせる徹底ぶりだった。  お陰で無事に彼女に会うことが叶い、彼女の父を死なせてしまった事を詫びる事が出来たが、その縁をそれだけで収める事は出来なかった。  形見の似顔絵も当初は郵送するだけのつもりだったが父の目があり、次に会う約束を取り付けねばとダシに使った。  最低だとは解っていたが、英雄である彼女に取り入る為に己の周りは全力だった。  家の繋がりで軍の上層を動かし、早々に王都への移動が決まった。  職場からは散々縁故だ贔屓だと謗られ、嫌がらせもあって居心地の悪さは半端ではなかった。
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