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001:帰郷
それほど大きくもない講堂。そこでは今年の卒業式が行われていた。
「ジン・マクウィル」
「はい!」
「貴殿を第67期の国家錬金術師と認め、ここに卒業の証を授与する」
「ありがとうございます」
「うむ。これからも励むように」
「はい!」
校長先生に壇上で激励され、そして所定の席へと戻った俺は、これからの生活に期待で胸を膨らませた。
国家錬金術師。それは年間で10人だけが認められる錬金術師の資格だ。
この資格を得るためには、様々な試練があった。
まずは村で村長に推薦を貰わないといけない。その後、街に出て塾に通い、そこでも推薦されないといけない。各街にある塾の中から最も優秀な成績を修めると、今度は住んでいる土地を治める領主の推薦も必要だ。この領主の推薦枠は年に一つしか無いと言う超難関。他にも入るルートはあるが今はいい。そこは今は関係ないので。
そうやって国中から集められた英才たちと、王都にある学校で切磋琢磨して、さらなる篩いにかけられ、錬金術師として高みを目指すのだ。
そうやって卒業できる人数が大体10人前後と言われている。
俺はそんな学校を卒業した。
そう。
これからは国の発展のために賢者の塔と呼ばれる国の施設で公僕として礎になる……はずだった。
※
※
※
賢者の塔に入って4ヶ月後の今日。俺は故郷へと続く道を歩いていた。
職場を辞しての帰郷なので足取りは重い。
皆の期待を背負って村を出たのが10年前。その時のことはよく覚えている。期待と不安で押しつぶされそうだった8歳の俺が通った道を、18になった今の俺は罪悪感と謝罪の気持ちで通っている。
両脇には麦畑が広がっており、季節は緑生い茂る季節のことなので、当然のように麦も青々としている。空には大きな入道雲が浮かび、日向と日陰の陰影の差が濃く浮かび、大変に暑い。
「ふぅ」
黒い髪をかきあげて額の汗を拭う。そして水筒の水を飲む。動物の革で作られた水筒なので臭く、そのうえ生温い。旅がこんなにシンドいものだとは思わなかった。子供の頃はどれもこれもが新鮮だったから気が付かなかったのだ。
「母さんも父さんも何ていうかなぁ……」
重い溜め息。俺の黒の瞳は今はきっと深く淀んでいることだろう。
ポテポテと馬車の轍を追うようにして歩いていると、後ろからガラガラガラと馬車の音がした。俺は邪魔にならないように脇に避ける。すると御者台の上から「よぉ兄ちゃん!」と声をかけられた。
「はい?」
俺が振り返ると、そこには見知った懐かしい顔のオッサンがいた。
「あぁ、テレンスさん」
過去に俺を領都の街まで送ってくれた行商人さんだ。俺の旅立ちを見守った人間の一人。懐かしいな。
しかしテレンスさんは俺に気が付かなかったようだ。
「おや? どこかで会ったかな?」
まぁ10年前だもんな。当時8歳の俺を覚えていなくても仕方がない。だいぶ変わっただろうし。
「俺です。ジン。10年前に錬金術師になるべく村を出た……覚えていますか?」
するとテレンスさんは一瞬、呆けた後ですぐに驚いた表情になる。
「おぉ! ジン! ジンか! 驚いた!」
そう言いながら御者台から降りて、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「大きくなったなぁ。おい!」
ガハガハと笑いながら抱きしめ、肩を叩かれた。あたた。結構痛いです。
「なんだぁ、おい。生っちょろい体だな! ちょっとは鍛えているのか?」
俺は首を左右に振りながら答える。
「いえ。全然ですね」
「おいおい。そんなんじゃ女の子にモテないぞ?」
そう言って、またガハガハと笑う。ふふ。変わってないなぁ。
「ところで、こんなところで何やってんだ?」
「あぁ、うん。ちょっと……」
「なんだ? 卒業できなかったのか?」
俺は苦笑いを浮かべて答える。
「いや。卒業は出来たよ。賢者の塔にも入った」
「おぉ! すげぇじゃねぇか。じゃあなんで……」
「うん……」
俺が言い淀むとテレンスさんがまた肩を叩いた。でもそれは先程とは違う、気遣いと優しさに溢れた叩き方だった。
「まぁ。その辺の話は道すがら聞かせてくれ。とりあえず村に向かおう」
「うん」
こうして俺はテレンスさんに事情を話すのだった。
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