第二話 前世、そしてループする~ただ、愛されたかった~①

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第二話 前世、そしてループする~ただ、愛されたかった~①

 エルフリーデの記憶にある限り、一度目の人生は『平成』から『令和』という時代、「日本」と言う国で過ごした。そこでは最初、松永凛と言う名前で生を受けた。元から歓迎されての誕生ではなかった。母親が凛を妊娠中、夫が浮気が発覚。夫婦仲は改善しないまま、凛が四歳の頃離婚が成立。凛は母親に引き取られ、天野凛となった。母子の生活は公共の手当と母親のパートで繋ぐ日々を過ごす事となるが  「お前さえ居なければ、自由になれるのに!」 「お前なんて生まなければ良かった!」  それが母親の口癖だった。つねったり叩かれたり殴られたり蹴れたりするのは日常茶飯事。ただ、見栄っ張りだった母親は保育園や幼稚園、小学校には行かせて表向きはシングルマザーで子育てを頑張る健気な母親を演じていた。凛はそれでも母親が大好きだったし、いつだって彼女に喜んで貰いたくて掃除や家事などを積極的に行ったし、勉強も駆けっこもお絵描きも頑張って良い成績を収めてきた。いつだって、腐敗ゴミを見るような目で一瞥され、気に入らない事があると蹴り倒されたり殴られたりしたけれど。  (私が生まれて来たからいけないんだ。私が悪いんだ) と本気で思っていたから、母親への悪感情は一切湧かなかった。それよりも、何をやっても母親を笑顔にする事が出来ない自分が不甲斐なくて申し訳なかった。だから友達を作る事もせず、クラブ活動は誰でも自由に参加出来る『読書会』にした。本が好きだった。物語の登場人物に己を重ね、その世界に没頭する事で、ある時はお姫様に、ある時は勇者に、ある時ま魔法使いにと大活躍出来た。その世界でに没頭している間は、自分は誰からも愛され必要とされる重要な存在なのだ。唯一の、そして束の間の楽しみだった。  凛が中学生になる頃から、母親は少しずつ化粧や服装が派手になり、家を空ける事が増えて行った。そんなある日、母親が背が高く端正な顔立ちの大人の男と、凛より少し年下かと思われるフランス人形みたいな女の子を連れて来た。新しい父親と妹だから仲良くしろと言う。  義妹は容姿は抜群に可愛らしかったし、何よりも人から愛されるように甘える事に長けていた。周りから生まれた事を手放しで歓迎され、終始大切に育まれ愛されてきたのだろう。母親は義妹を殊更可愛がった。元々凛は母親から毛嫌いされていたが、暴力を振るう事は影を潜め代わりにとして存在そのものを無視されるようになった。新しい父親に至っては最初から無関心だったし、義妹もそれに倣っていた。凛は益々居場所が無くなっていった。  凛はただ母親に振り向いて欲しかった。もう愛されなくても良いから、微笑みかけて欲しかった。だから勉強に力を入れた。学年トップの成績を修めた。母親に喜んで欲しくて報告した。母親は面倒臭そうに、義父は冷やかに見ていた。すると何故か義妹が  「何それ自慢? お義姉ちゃん意地悪だ。私の事馬鹿にしてる!」 と騒ぎ始めた。それを聞いて母親と義父は  「「お前はとんでもない悪者だ!!」」 と声を荒げ、義父に蹴り倒され、母親に殴られた。義妹は嬉しそうにキャッキャッと声を上げた。痛みで意識が朦朧として来た頃、  「絶対誰にもバレないように何処かへ捨てて来い」 義父が冷たく言い放った。母親は凛を引き摺るようにして立たせ外へ出た。痛みが麻痺して夢の中にいるような気分だった。顔は腫れ上がって赤や紫に変色しているだろう。腫れているせいか目もよく見えない。口の中は切れて血の味が気持ち悪い。そのまま車の後部座席に転がされ、シートベルトをつけられた。母親はそのまま長時間車を走らせた。車が止まり、外に蹴りだされた頃は外は真っ暗だった。車のライトで、そこが山奥だと辛うじて分かった。  「ナイフで首を切るか、紐を木に括って首を吊るかどちらかにしな。どうせこのままここに居ても餓死するか熊に食われるかで死ぬしかないから」 母親はそう言って、果物ナイフとビニールテープを投げてよこした。  「やっと、厄介払いが出来る。お前が居たらあたしは幸せになれないんだよ」 そう言うと、車に乗って走り去ってしまった。  ……お母さんに捨てられた。私が居ない方が幸せなんだ、生まれて来なければ良かった……  ショックで悲しくて、まともに思考が働かなかった。ただただ、母親に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。  ……生まれて来てごめんなさい。一度で良いから、愛されてみたかった……  天を仰いで懺悔をすると、手探りで果物ナイフを手に取り、迷わずに頸動脈にあてそのまま力を入れた。熱いとも冷たいともつかない痛みと、首から生暖かい液体が飛び散る気配を感じ取り、そのままブラックアウトした。  心地よい水の中で寛いでいるような気分だ。とてもリラックスしている。ゆっくりと目を開けると、夜の海を漂っているようだった。静かだ、不思議と何も怖くない。ふと、目の前に白い光がキラキラと瞬き始めた。まるで無数のホタルが集まったみたいに。  「……あなたはもう少し生きるべきでした。あそこで生きるのを諦めたらいけなかった」 その煌めきから、パイプオルガンを彷彿とさせるような神秘的な声が響く。驚いて目を見開くと、煌めきはギリシャやローマ神話に出て来るような女神様の姿を象った。  ……女神様? 天国に行けるのかな?……  唐突な事で何の事か訳が分からない。  「異なる世界で、自分を愛する事を学びなさい。それが出来るまで、何度でもループしますよ。ですが自分を愛する事が出来た時、本当の意味で愛を手に入れる事が出来るでしょう。その時、漸く自分の人生を歩む事が出来、運も周りも味方となってくれるでしょう」  脳内に直接響くような不可思議な声色。その意味を噛みしめる前に、急速に眠気が襲って来る。  「とは言っても、いささかあなたの人生は過酷過ぎましたね。よく頑張りました。命を絶つまでの間、精一杯頑張ったあなたに、地位と力を授けましょう。生かすも殺すもあなた次第ですよ」  眠りの世界に引き込まれながら、光の女神と思しき神秘の声が鼓膜を震わせた。  次に気付いた時は、アファナーシー公爵家の長女として誕生、母親の腕の中だった。前世の記憶を持って生まれたようだ。  
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