3.天邪鬼な薬売り

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3.天邪鬼な薬売り

 牛込甲良屋敷の近藤家に奉公に上がって三日。  笑顔の宗次郎に連れられて、雪は道場に向かった。昨年からこの試衛館に内弟子というかたちで居候中の宗次郎は、雪の一つ年上。なにが楽しいのか、にこにこと笑顔を絶やさない少年だ。笑うとただでさえ細い目がきゅっと細くなり、愛らしさに一層の磨きがかかることを本人も自覚しているのだろう。宗次郎がにこりと微笑んで雪の中座を願えば、共に台所仕事をしていた栄はころりと了承した。 「お、沖田さま。雪は道場にどんな用事があるのでしょうか?」 「宗次郎でいいですよ。みな、そう呼びます」 「でも……差配さんから、お武家様は様をつけてお呼びするように教わりました」 「当人がよいと言っているので構わないでしょう。差配さんにもそう言ってやりなさい」  さすがは勝太の弟子なのか、宗次郎も呼び名にはこだわらない気質らしい。勝太と違い、やや強引な面もあるようだが。 「若先生がご贔屓の薬売りを呼んでくださったのですよ。早く言って、お薬を塗ってもらいましょうね」  朗らかに笑う宗次郎が、あかぎれだらけの雪の手をそっと握る。傷に触れないように最大限気を遣った、優しい握り方だった。  道場の縁側には、手甲脚絆をつけた若い男が、ぷかぷかと煙草を吹かしていた。傍には、屋根の下に丸を描いたような模様の葛籠が置かれている。 「歳三(としぞう)さん」  宗次郎が呼ぶと、男は編み笠を指で押し上げながら振り返った。雪は芝居小屋に行ったことがないが、この歳三と呼ばれた男のような人を「役者のような好い男」と言うのだろう。色白の細面。奥二重の瞳が妙に色っぽい。  煙草盆に打ちつけて灰を落とした男は、無言で立ち上がった。上背もある。薬売りとして行商するより、芝居小屋で笑っていた方が稼げそうだ。
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