208人が本棚に入れています
本棚に追加
/454ページ
鈴木は返答せず、ただ下を向いたまま沈黙を貫いていた。
「おい、いい加減受け入れろや。
俺は今日、機嫌が悪いって言っただろが。
これ以上、アンタとくだらないやり取りする気は無いんだよ」
コータが苛立ちを露にさせると、川北は「えらく荒れてるが、何があったんだコータ?」と尋ねた。
「入江の野郎が、『ダンシング』の系列の事務所に移籍しやがったんっすよ」
コータは視線を落とすと、舌打ち混じりに答える。
そして、それは当然ながら私と悠希が知り得ている情報であった。
「ほぉ、それはなかなか面倒くさい事になったな。
『ダンシング』といえば、俺らの業界において誰も逆らう事の出来ない芸能事務所だからな」
「ホント、それっすよ。
あそこに移籍されたら、もう川北さんの事務所にやるのは無理じゃないっすか。
こっちは、アイツの変なライブ配信で仕事キャンセル食らったり、でかい損害食らってるのに。
川北さんが気を利かせて、火消しをしてくれなかったら、もっと損害が大きくなってましたよ」
ココまで言ったコータは、隣の悠希に色目を送る。
悠希は曖昧な微笑をコータに返すと、テーブルの下でコータに見えないよう、隣にいる私の左手を力強く握りしめた。
姉御肌の私と違って、悠希は男からしてみれば「押せば何とかなる」って雰囲気を漂わせている。
今日、悠希から「事務所移籍の話し合いが終われば、二人っきりで会おう」という言質を取っている事から察するに、既にコータの下心は醜く膨れ上がっている事だろう。
最初のコメントを投稿しよう!