●プレジデント

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鈴木は返答せず、ただ下を向いたまま沈黙を貫いていた。 「おい、いい加減受け入れろや。 俺は今日、機嫌が悪いって言っただろが。 これ以上、アンタとくだらないやり取りする気は無いんだよ」 コータが苛立ちを(あらわ)にさせると、川北は「えらく荒れてるが、何があったんだコータ?」と尋ねた。 「入江の野郎が、『ダンシング』の系列の事務所に移籍しやがったんっすよ」 コータは視線を落とすと、舌打ち混じりに答える。 そして、それは当然ながら私と悠希が知り得ている情報であった。 「ほぉ、それはなかなか面倒くさい事になったな。 『ダンシング』といえば、俺らの業界において誰も逆らう事の出来ない芸能事務所だからな」 「ホント、それっすよ。 あそこに移籍されたら、もう川北さんの事務所にやるのは無理じゃないっすか。 こっちは、アイツの変なライブ配信で仕事キャンセル食らったり、でかい損害食らってるのに。 川北さんが気を利かせて、火消しをしてくれなかったら、もっと損害が大きくなってましたよ」 ココまで言ったコータは、隣の悠希に色目を送る。 悠希は曖昧な微笑をコータに返すと、テーブルの下でコータに見えないよう、隣にいる私の左手を力強く握りしめた。 姉御肌の私と違って、悠希は男からしてみれば「押せば何とかなる」って雰囲気を漂わせている。 今日、悠希から「事務所移籍の話し合いが終われば、二人っきりで会おう」という言質を取っている事から察するに、既にコータの下心は醜く膨れ上がっている事だろう。
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