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タガが外れた、とはこういう状態かもしれないとぼんやり思う。
今日もまたトモの前でサカグチに迫って蹴り倒された。くそほど情けない姿を絶対勝てない相手に見せて、何やってんだと思うのに、サカグチが愛おしそうにトモを見る姿を見てしまうと、「駄目」だった。こっちを向いてほしくて、つい手が出る。トモをおちょくる意図がまるでないわけではないが、それでもほとんどが衝動だ。十年、上手くいなしてきたサカグチを想う気持ちが、暴走している。五十にもなって情けない話だが。
トモがいないとき、本気で迫ってみる。
「本当に、あの子犬じゃないと、だめか」
「トモ君は私にとって特別だ」
知っている。でも、じゃあ、おれは、とくべつじゃないのか、すこしばかり、そうしんじてきたのに。
サカグチはそんなサトイをちらと見てから、小さく息を吐いた。
「トモ君が、よく花をくれる」
「ああ? 別にいいだろ、花」
そういえば、いつ来てもこの家にはあちこちに花が飾ってある。
「切り花だから枯れてしまうのが惜しい」
「枯れるのは当たり前だ」
「なんとかならないか?」
「ドライフラワーにでもしろや!」
「お前なら得意そうだな」
「俺がやるのか? 俺? 俺が?」
なんでお前らの戯れの後片付けを俺がするんだ? その叫びはサカグチには届かない。まるで当たり前のように、この花を頼む、となんなら貰ったときのシチュエーションまでにこにこと話しだして、サトイは叫びたくなった。
これはあれだ。
ノロケられている。
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