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「うっわ、やらかした」
太田はクーラーの効いた自分の部屋で、情けない悲鳴を上げた。
学校へ体操服を忘れてしまったのに気付いたのだ。
慌ててタンスを引き出す。
くしゃくしゃのブラウス、二足ばらばらの靴下、上下の柄が不揃いの下着。
どれだけひっかき回しても、体操服の洗い替えはどこにもない。
文化祭の看板塗りで赤いペンキをぶちまけて以来、体操服は一着しかなかった。
明日は一学期最後の体育だというのについてない。
「居残りで現れる幽霊かぁ」
午後9時を示すスマホ画面に目をやる。
太田は決して怪談話を真に受ける性格ではない。
だからといって、夜の校内を一人うろつくとなれば話は別だ。
我慢して汗で濡れた体操服を着ることにしようか。
だが友人達に紛れて着替えるわけで、臭いの心配が先に立った。
「まあ大丈夫でしょ。さっさと行って帰ってくれば」
太田の通う八宮高校は結構、管理の甘いところがある。
例えば吹奏楽部で朝練のため、教室に一番乗りした時。
昇降口横の窓の鍵が、平然と開いていたりする事は珍しくない。
この時間で職員室に先生はいないだろうと判断。
太田は夜の学校へ忍び込む事に決めた。
肌寒いほどにクーラーの効いた部屋を、なごり惜しむようにベッドに大の字で突っ伏す。
ヨシっ、と気合いを入れて太田は制服を着直し、玄関から飛び出した。
翌朝の7時。
昇降口の開錠と職員室のクーラーをつける、大義をおおせつかった新任教師は階段前でぼうぜんと立ち尽くしていた。
救急車が110番か119番か混乱してしまったからだ。
教師の視線の先にはうつぶせになり、ぴくりとも動かない太田有希の姿があった。
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