敵国に嫁いだ王女様、戦争回避のためにタイムリープしまくります!

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 目を覚ますと、やけに見覚えのある天井が目に入った。  黒く太い梁となめらかな白漆喰。壁も同じく漆喰で塗り込められ、柱には果物をモチーフとした彫刻がそこかしこに施されている。以前、部屋付きの侍女に、あの果物は豊穣と子孫繁栄を願って彫られたのだと曰くを聞かされたことがある。  それなのに妃殿下はさっぱりですね、と女は続けた。  ただでさえ陰湿な性根が苦手だったエデルガルドの女を、あの瞬間、二度と愛するまいと誓った。  他にもこの寝室には、うんざりするほど嫌な記憶がそこかしこに染みついている。そう、確かにここは、私がエデルガルドに嫁いで以来暮らし、そして、つい先刻追い出された夫婦の寝室だった。  先程の結婚式といい、一体、何が起きている……? 「……ん」  そういえば、窓から吹き込む風がやけに心地よい。風を孕んで波打つのは、輿入れのときに祖国カスパリアから持ち込んだレースのカーテン。その向こうに広がるのは、どう見ても冬のそれには見えない青々とした空。  雪深いエデルガルドでは、冬の時期は何か月も陰鬱な曇り空が続く。一年の大半が晴天に恵まれる国に生まれた私には、それこそ気が滅入るほど嫌な季節だった。  そして今は、まだ、冬の最中だったはず。少なくとも春までは程遠い――が、この空は。  ふとドアの開く音がして、枕の上で振り返る。  この寝室には二つドアがあり、一つは隣のクラウスの書斎に、もう一つは廊下に通じている。その、廊下に通じる方のドアの戸口に、ついさっき私を彼の宮殿から追い出したばかりの――そして、なぜか私との婚礼をふたたび強いられた元夫の姿があった。 「起きていたのか」 「な……何が、どうなって……」  するとクラウスは、ただでさえ深い眉間の皺をさらに深く刻む。大事な婚礼を台無しにしてしまった妻に腹を立てているのだろう。  だが、それを言えば、そもそも私達は、もう…… 「式の途中で倒れたのだ。やはり、長旅の直後は無理があったようだな」 「……は」  意外にも穏やかな夫の声に戸惑う。いや、単に婚礼自体にさほど興味がなかったのだろう。三年間の結婚生活の中で、この男が声を荒らげたところを一度も聞いたことがない。が、それは単なる冷酷さの裏返しであって、間違っても優しさなどではなかった。少なくとも私にとっては。  身を起こし、ふたたび部屋を見渡す。  部屋には書き物机と朝食用のテーブルセット、それから夫婦用のベッドが一つ。どれもこれも私にとってはうんざりするほど見慣れたものだ。書き物机に置かれたランプも――  いや、違う。  あのランプだけは、間違いなくここにあるはずのないものだ。結婚して一年ほど経った頃、手紙をしたためる最中にうっかり机から落とし割ってしまった。その際、割れたランプから油と一緒に火が飛び散り、カーペットに引火して大惨事になったのだ。  そのランプが、なぜ今、目の前に。 「……まさか」  慌ててベッドを飛び起きる。こんなこと、起こりえるはずがない。でも―― 「急に動くな。また倒れるだろう」 「……」  クラウスの静止を無視し、私は目指す場所へと一直線に歩み寄る。そうして机のそばにしゃがみ込むと、冷たい石床を覆うフェルト織のカーペットを一気に剥ぎ取った。 「どう……いうこと」  露わになったのは案の定、綺麗な石床。だが、あの火事で床に焦げついた煤は、その後、いくらブラシで擦っても消えなかった。  ここが別室である可能性は? ――いいや。こんなにもうんざりするほど〝子孫繫栄〟のまじないを施された部屋が、一つの宮殿にそういくつもあってたまるか。  つまり。  これらの矛盾が示す事実は。 「殿下」  床を見つめたまま、背後の元夫に問う。いくら平静を装っても、つい震えてしまう声が忌々しい。 「今は……ディレリア歴何年でしょう」 「三九五年だ。それがどうした」 「……三九五年」  一度は壊したはずのランプに、それから窓越しの空に目を移す。  三九五年。  それは今から三年前、私が祖国カスパリアからここエデルガルドに嫁いだ、まさにその年だった。
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