敵国に嫁いだ王女様、戦争回避のためにタイムリープしまくります!

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 ところが、そう簡単には距離を詰めさせてくれないところがクラウスという夫の厄介さだった。  朝食が終わると、食後のティータイムもそこそこにさっさと執務に出かけてしまう。第三王子といっても、それなりに広い領地を任されるクラウスには、自領の管理という重要な仕事が課せられている。政務、財務、裁判……それに軍事。これでもまだ、厳密には職務のごく一部だというから呆れるしかない。我が夫ながらよくやっている、と、半ば呆れまじりに思う。  日々領地から届けられる書類の束に目を通し、裁判では可能なかぎり過去の判例や法令に当たる。彼の領地には何度か赴いたことがあるのだけど、現地でのクラウスの評判は上々どころの騒ぎではなかった。  それだけの愛情と関心を、なぜ私には少しも振り向けてくれなかったのか。  そう不満を抱いたことも、なかったといえば嘘になる。  そんな仕事人間のクラウスだが、一日中執務室に籠りきっているのかといえば案外そうでもない。  そう、私は知っている。  彼が、午後のかなり長い時間を宮殿の裏庭で過ごしていることを。何のためにそうしているのかは、正直わからない。というのも、この三年間、一度もその時の様子を覗いてみたことがないからだ。  妻なら浮気を疑うべき。他の女がいれば嫉妬すべき。  わかってはいた。ただ、妻といっても所詮は外交の道具。愛などなく、夫婦の営みも、子供さえ授かればそれでいいと思っていた。そんな欲得ずくの私に相手の不貞を詰る権利はないと、ずっと、心のどこかで遠慮していた。  でも。  今の私は、それが間違いだったことを知っている。クラウスとの不仲は、宮廷ではそのまま影響力の低下を意味した。正妻といっても夫がこの調子なら、いつ側室を迎えて子を産ませないとも限らない。そうなると、ただ居座るだけの正妻には何の価値もない。側室が男児でも産めば尚更だ。  影響力が弱まれば、いざという時に打つ手がなくなる。事実、カスパリアの奇襲でロルフが殺されたとき、私は、全面戦争を止める手立てを何一つ持たなかった。  同じ失敗を、もう二度と繰り返すわけにはいかない。  せめて〝ここ〟では、たとえ演技でもクラウスとの仲を装い、睦まじさをアピールしなくては。つまらない遠慮を続けた末路があれなら、そんなものはさっさとかなぐり捨てるべきなのだ。  とはいえ。  三年も冷え込んだ関係を持て余した私に、今更、クラウスに女として取り入るのはとても難しい要求だ。せっかく覚えた異国の言葉も、長く喋らなければ忘れてしまうのと同じように、私は、妻としての作法をすっかり忘れてしまった。  それでも何とか、と足踏みするうちに今日もまたランチは終わり、クラウスはいそいそと席を立つ。 「では、いってくる」 「ええ……いってらっしゃいませ」  そして足早にテラスの階段を下りてゆく夫を、私は茫然と見送る。うきうきとした足取りは、十中八九、女かそれに類する何かだろう。 「あらー……行っちゃいましたね」  私の背後に侍るアリエスが、遠慮もなしにぼやく。こういう無礼な一言はいちいち癇に障るが、それを我慢して余りある情報を日々べらべらと持ち込んでくれるので、あまり文句は言えない。 「そうね。いい人でもいらっしゃるのかしら」 「それは……うーん、どうなんでしょうね。確かに目立つ方ですけど、見た目によらず奥手でいらっしゃいますので。この前も、侍女のリタがお誘いしたら慌ててお部屋に逃げ込まれたとかーー」 「えっ?」 「あ」  さすがのアリエスも今のはまずいと思ったのか、慌てて口元を押さえる。一方で私はというと、どういうリアクションがこの場合は正しいのかもわからないまま、呆然とアリエスを見上げていた。 「えーと……ここは、怒るべき……なのかしら」 「えっ、逆に怒らないんですか?」 「えっ? ええと……」  もちろん、怒るべきだろう。ただ、そうしたいからではなくあくまで〝べき〟で考えてしまうあたり、つくづく、妻という立場が向いていないのだなと思う。  そんな自分にうんざりしながら、私は、冷めかけた紅茶をちびりと舐める。  まぁ、いざとなれば指輪で過去に戻ってやり直せばいいわけだし……
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