理想の女性

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理想の女性

「……それでは、早馬でお出しします」 「ああ。頼んだ」  そっと目を開けると、空は雲ひとつない快晴であった。  身体を起こして自分の身体を見下ろすと、いつの間に着替えさせられたのか、寝間着を着ていたのだった。 (あれ、これって……)  寝間着を触っていると、左手の薬指にはよく磨かれた指輪がはめられていることに気づいたのだった。 「いつの間に、こんな指輪を……」 「出来たぞ!」  急に大声が聞こえてきて、わたしは身を縮めてしまう。  視線を移すと、侯爵様は壁に向かって色めき立っていたのだった。 「侯爵様、一体何を……?」 「ようやく完成したんだ! 見てくれ! 君の骨格を元に作成した等身大のスケッチだ!」  ベッドから出て、恐る恐る近づくと、そこにはわたしと同じ高さの人骨のスケッチが壁に飾られていたのだった。 「完成したんですね」 「これも君の……ルイーザのおかげだ。感謝をしている」  侯爵様はわたしに視線を移すと、そっと微笑む。 「もしかしたら、私はずっと誰かに認めて欲しかったのかもしれない。こんな狂ってしまった私を」 「侯爵様は何も変わっていません。ホセさんから聞いたんです。侯爵様はとてもお優しい方だと」  わたしがそっと微笑み返すと、侯爵様は慌てたように視線を外す。 「私はずっと兄上よりも劣る自分が嫌いだった。私を受け入れてくれる人がずっと欲しかった。  それがルイーザ、君だった。  君は一度だって、こんな私を否定しなかった……こんな私を認めてくれた。  骨だってスケッチさせてくれて、私の欲しいものをくれたんだ」 「それは……骨が好きなのは、侯爵様の個性ですから」 「そんな君に言わせて欲しい」  そうして、侯爵様はわたしの両手を握りしめたのだった。 「私と正式に婚約して欲しい。私の理想の女性は君しか考えられないんだ」  わたしは何度も瞬きを繰り返すと、ようやく左手の薬指にはめられた指輪の意味に気づく。  この指輪は、侯爵様との婚約の証なのだと。 「わたしでいいんですか? リーザじゃなくて……」 「私の理想の女性は、私を理解して、受け入れてくれたルイーザしか考えられないんだ。  これからは、ずっと私の側にいて欲しい」  わたしは明るい緑色の瞳を見つめ返すと、大きく頷いたのだった。 「わたしで良ければ……ここにいたいです。わたしも嬉しかったんです。リーザとわたしを見分けてくれて」  昔から、リーザの影に隠れてしまうわたしを見つけてくれる人は、なかなかいなかった。  けれども、そんなわたしを侯爵様はすぐに見つけてくれた。  それがどれだけ嬉しかったのかは、わたししか理解出来ないだろう。  そう言うと、侯爵様は春の柔らかな日差しの様な笑みを浮かべたのだった。 「安心した。実はもうセンティフォリア侯爵家には、リーザではなくルイーザを婚約者としたいと手紙を出したところだった。  断られたら悲しみのあまり、これを元に君の骨格標本を作るところだった」  侯爵様は壁に貼っていたわたしの骨のスケッチを、そっと指したのだった。 「じゃあ、標本作りは止めるんですね……」 「いや、標本は作るぞ。ようやく夢だった理想の骨格を見つけたんだ。これを作らずしてどうする」  スケッチに頬を当てて、骨を撫でる姿に、昨日の裸体を観察された時を思い出して、顔が紅潮してきたのだった。 「やっぱり、恥ずかしいので、標本はやめてもらえませんか?」 「何を言っている!? ようやく、念願の人骨の標本が手に入るのだぞ。それも、理想の形で!」  そうして、侯爵様はわたしの骨だけを見て、スケッチを撫で始めた。  やはり、侯爵様はわたしの骨しか見てくれなかったのだった。
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