“愚者”の行進

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「で、その蜂姫(ほうき)ちゃんとやらをどうすんだよ、お前は」 「拷問して従わせるんだよー」 「は?」 「“正義(ジャスティス)”ちゃん得意でしょ? そういうの」  しれっと言いながら“愚者(フール)”は蜂姫(ほうき)と呼ばれた女の肩を押さえると、彼女は無抵抗に自分のソファに腰を下ろした。彼はその手足を存外手際よく結束バンド(インシュロック)で固定する。 「はい出来上がり」 「なにが出来上がったってンだよ」 「被害者?」  首を傾げる“愚者(フール)”に唾を吐きかけんばかりに舌打ちする“正義(ジャスティス)”。彼はその様子にひとつ大きく頷く。 「じゃ、始めよっか」  パンッと大きく手を打つと、蜂姫(ほうき)は唐突に自我を取り戻し跳ね上がろうとし、次に一瞬で室内へ視線を巡らせた。  全力で安全の確保から不可能と悟るや即座に全リソースを現状確認へつぎ込む。異常事態に対する耐性が尋常ではなく高い。あるいは訓練された上でここに送り込まれているのか。  “正義(ジャスティス)”がそんなことを考えている(あいだ)にも彼女は現状把握を終えて“愚者(フール)”を睨み付けた。 「クライアントに歯向かうなんテ、ドういうつもりネ」  “愚者(フール)”は意に介さず笑みを浮かべる。 「あれあれ? 御社との取引はぜぇんぶ円滑に完了してるけど、まだクライアント気取りなのなら驚きだねえ。ボクらは非合法営利組織ArcanaWorks(アルカナワークス)。契約が無ければキミはただの他人でしかない。でしょお?」  つまりこの女の組織から続きの仕事は受けていないらしい。“愚者(フール)”はわざわざ言ってこなかったが、“正義(ジャスティス)”の懸念は言いがかりだったと言外に示され彼女は忌々しげに舌打ちする。だったら最初から言えよと。 「鬼子(グイズ)如きが、調子に乗るなヨ」  蜂姫(ほうき)の吐き出したそれが大陸特有の侮蔑語だと“正義(ジャスティス)”は知らなかったが、まあ雰囲気的にそうなんだろうなとは理解した。そして“愚者(フール)”は過たず理解している。 「おおっと、いいのかなー? ぐいず(鬼子)にそんな口きいちゃってさあ」  にたぁと浮かべた笑みの厭らしさときたら。  しかし蜂姫(ほうき)も若い女とはいえこうした社会を生き抜いてきたのだろう。四肢の自由を奪われてなお、奪われたからこそ不敵な笑みを浮かべる。 「それなら鬼子(グイズ)はドうするネ」 「もちろん今から有害無益な拷問をしまーす、はい“正義(ジャスティス)”ちゃん!」 「いやまあさっきからそうは言ってたが、マジでやンのか」  蜂姫(ほうき)と“正義(ジャスティス)”の視線が交錯し、蜂姫(ほうき)が鼻で笑った。  こんな世俗かぶれの小娘が? という彼女の想いはしっかりと伝わっていた。そして見た目で評価されるのは“正義(ジャスティス)”の最も嫌うところだ。ばっちり彼女の癇に障っていた。 「……いや、気が変わった」 「さっすが“正義(ジャスティス)”ちゃん、頼りになるぅ!」 「言ってろ。そンで、なにを吐かせりゃいいンだ?」  “愚者(フール)”の思惑通りというのも面白くないが、蜂姫(このおんな)を屈服させたいという気持ちは多大にあった。すっかり乗り気になった“正義(ジャスティス)”への注文はしかし、蜂姫(ほうき)と“正義(ジャスティス)”どちらの想像も及ばない。 「ごめんなさいって言わせたらそれでいいよ」 「「は?」」  拷問する者とされる者、そのどちらもが同時に疑問を投げかけた。 「いやさあ、ぶっちゃけ別に欲しい情報とかなんにもないんだよねえ!」  “愚者(フール)”の言葉も表情も相も変わらず本気なのかふざけているのか判断が難しい。 「だからここで必要なのは格付け。それだけなのさ、実は。だから“正義(ジャスティス)”ちゃんが蜂姫(ほうき)ちゃんを屈服させれば話はおしまいってワケ」 「オレ、マジでそれだけのために十四区の最深部まで連れてこられたの?」 「そだよ? っていうかキミが望んだんだよねえ? クライアントに物申したいって」  え、そ、そうだっけ? と思っている(あいだ)にも“愚者(フール)”は淡々と続ける。 「だからさー、蜂姫(ほうき)ちゃんに思う存分その想いの丈をぶつけたらいいと思うよ? 大丈夫、最後の責任はどうせボクが持つんだからさあ、ほら、パーッとやっちゃいなって」 「お、おう、そうだな……じゃあ……」  まるで口車に乗るように、“正義(ジャスティス)”は呟く。 「先月さあ、鍋の貝に(あた)ったのがめちゃくちゃしンどかったンだよなあ……。“八つ当たりの正義執行(ジャスティスアベンジャー)”」
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