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将暉の主張
果里奈は服部雅治と優愛に別れを告げ、待たせてあったタクシーに乗り込むと、一路、山をくだっていく。
途中で乗用草刈り機に乗っている阿部詩子を見かけたので、タクシーを停めさせた。
笑顔で詩子に近づいていく。
「精が出ますね」
と、声をかけた。
詩子は気付いて、エンジンを停め、タオルで汗を拭きながら果里奈の方へ近付いてくる。
「庭を広げようと思っているのよ。そっちの藪のほうまで。姫野さんは服部さんちに行ってきたの?」
「はい。奥様が行方不明になられたとお伺いして、心配になりまして」
「そうなのよ。私もびっくりしてしまって。……そちらの方は?」
「あっ。森口鈴代と申します」
鈴代が頭をさげ、ふたりは初対面の挨拶を交わす。
「実は、阿部さんにお伺いしたいことがあるんです」
「なにかしら」
「阿部さんが優愛ちゃんにプレゼントしたファーブル昆虫記のことなんですけど……あれって、全部で十巻ですよね」
阿部詩子はきょとんとした顔になる。
「確か、そうだったと思うけど……それがなにか?」
「今見てきたら、第七巻が欠けてるんですよ。それで、阿部さんがプレゼントした時には、十巻すべて揃っていたのかどうか確認させていただきたいと思いまして」
「さあ……」
考え込むような表情になった。
「たぶん揃っていたと思うわよ。いちいち数えたわけじゃないけど、欠けてたって認識はないわね」
「そうですか」
「それが里紗さんの失踪と何か関係があるの?」
「そういうわけではないんですが、でも、里紗さんは行方不明になる直前、ファーブル昆虫記を急に熱心に読み始めたというんです」
「そうなの? どういうことかしら」
阿部詩子はまるで意味が分からないという顔で首を曲げた。
「あの虫嫌いの里紗さんがファーブルを読みたがるなんて不思議ねえ」
「そうなんです。読まなければならない何らかの理由があったと思われます」
「いったい何かしら。……とにかく早く見つかってほしいわ。日奈子さんといい、里紗さんといい、お隣さんが次々に不幸な目に遭って、恐ろしくて仕方がないのよ」
阿部詩子は蒼ざめた顔で身体を震わせた。
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