あの部屋から

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 カタン  小さな物音で目が覚める。スマホで確認すると、二時十四分。またこの時刻だ。  深夜にアパートのドアから毎日聞こえる音。隣人かとも思ったが、確かに部屋の内側から聞こえる。    私はこの音を知っている。ドアポストに手紙が投函された時に、蓋が閉まる音だ。しかし、それが私の部屋で聞こえるのはおかしい。なぜならこのアパートのドアは、ポストが付いていない。ポストはアパートの出入り口に全室鍵付きボックスが設置されているからだ。  毎夜この音で目覚めるのが腹立たしく、私は動画を撮って不動産屋にクレームを伝える事にした。  寝る前にスマホをドアに向けて固定し、二時十四分を待つ。十二分、十三分、録画を回し、十四分になった時──。  カタン  私は息を飲んだ。肉眼では見えないのに、スマホの画面越しのドアには、金属製のポストの口が付いていたのだ。ドアの内側に受皿はない。剥き出しの口から、四つ折りの手紙が室内に入り込む。同時に一瞬見えた指先は、すぐに消えた。  落ちた拍子に手紙ははらりと開いた。画面越しに見えた文字は、細い字で短く書かれていた。  ──大好きです──  次の日、私は昼休憩で不動産屋に向かった。 「酷いじゃないですか! ここは新築物件だから事故とは無縁だと言っていたのに。こんなおかしな現象が起きたんですよ!」  私は部屋の仲介をした恵比寿顔の店員に動画を突き付けた。彼は、穏やかな笑顔を保ったまま「貴方もご覧になれて良かったですね」と、驚くことを言った。 「“貴方も”って、どういう意味ですか」 「以前この部屋は、ある作家が借りてましてね。その時、頻繁に“見えない”ラブレターが届くようになったそうです。彼はしばらくして部屋を出ました。そしてその後借りた家主がこの現象に気付くと成功するというジンクスが。いやぁ、建て替えても、まだこの現象は残るのですね」  おめでとうございます。そう言って店員は私にスマホを返す。事故物件ではなく、幸せになるジンクスだと?  疑心暗鬼でいると、スマホがメールを受信した。内容は私の担当した大口契約成立と、昇進を伝える内容。 「はじめに住んでいた作家の方は何処に?」  私の問いに、恵比寿顔の店員は首を横に振った。 「申し訳ございません。現在何処にお住いなのかは、存じません。しかし、一つだけ言うならば。九月十三日に、新刊が発売されるそうです」 「そうですか……」  私は店員にお礼を言い、書店へ向かった。 了  
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