海峡の島守

2/44
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
 国道を十キロ近く走っているのに、すれ違う車はなかった。民家の門燈も信号機も外灯も皆無に近い。そんな寂寞とした島唯一の幹線道路を、阿比留は通勤に使っている。  フロントガラス越しに、北側の照葉樹林が茂り合う山間からうっすらとした青白い光が立ち昇って見えるのは、街明かりのせいではない。この方角に鰐浦と言う集落はあるが、散光はその少し沖に浮かぶ海栗島にある航空自衛隊のレーダー基地の照明と、イカ釣り漁船の集魚灯の明かりが夜空に映じたものだ。  八月に入ったばかりだが、まだこの時間は全開の窓から心地よい風が、低い耳鳴りのように響く虫の音と共に車内に流れ込んでいる。  阿比留はシートに置かれた作業服のポケットから煙草を取り出した。だがライターがない。舌打ちしてインパネの小物入れを開けてまさぐっていると、指先に百円ライターの感触があった。にやりとして取り出し、一瞬それに目を向けて正面に視線を戻した時だった。前方の左、二十メートルほどの距離に地面で小さく並んだ二つの反射した光が目に入った。阿比留が眉を寄せ、アクセルを戻そうとすると同時に光と同体の横長い影が車の前を横切り、視界から消えた。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!