恋に似た魔法

1/4
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 風鈴のように(そう)する鈴虫たちの歌声にまぎれて、僕は(ひそ)と姉の部屋に忍び込む。  姉の寝顔はいつ見ても苦しそうだ。眉根を寄せ、(つら)そうに呼吸している。  本当は(しょう)に合わない水の仕事。時給がいいからと貢がせるために勧めてきた彼氏のために、飲めない酒を飲み、苦手な会話をし、興味がない歌も覚えなくてはならない。  彼氏の立場にある男が、毎夜遊んでいることは知っている。僕も姉も互いに言わないだけで、()い人間でないことは分かっている。  でも、姉は意地を張りやすい性格だ。恋なんか幾らでもできる若さなのに、結婚なんか相手が受け入れるはずはないのに、まるでこの恋が最後の恋みたいにしがみつき、あえて苦悩に溺れている。  眠る姉に近づき、キャミソールでは守られない肩にそっとタオルケットをかけた。頬にかかった髪を払い、せめて寝顔が見栄えよく見えるようにしておく。  ん……、と微かに動いた姉の口から、(ほの)かに酒の香りがした。  可哀想にと思いながら、僕はその唇に自分の唇を重ねた。  かあっと熱くなるキスではない。極めて穏やかな、例えれば眠りに誘うようなキス。  ふと、姉の息が漏れ、(しか)めていた眉が和らいだ。  カーテンの隙間に、美しい満月が見える。静かな音楽を世界に落とし込む光の波が、この部屋にも入ってくる。それを彩る鈴虫の歌声もまた涼やかで、(さか)った夏が終わったことに(こころ)(ゆる)ぶ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!