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逆プロポーズ成功
オリヴァーが囁いた。それからやや顔を離し、シャーロットを見詰める。エメラルドの瞳の奥に、人知れず揺らめく碧{みどり}の炎を感じ、彼女は心臓に矢が刺さったかのような恋の衝撃を受けた。かすれた彼の美しい声に、くらくらしてしまう。美貌の騎士とのとてつもない至近距離に、このまま卒倒してしまいそうだ。
「俺は今夜、可愛らしいエンジェルを手に入れた。バターブロンドの、蒼い瞳{め}をした絶世の美女だ。こうして抱えていても、羽根が生えているかのように軽い。ちゃんと掴まえていないと、このまま風に乗って飛んでいってしまうんじゃないか、と心配になるくらいだ。それに、俺の胸にも羽根が生えてしまったらしい。こんなにわくわくするのは初めてだよ。天使が舞い降りてくるなんて、人生にまたとない幸運だ。もう天に返すつもりはない」
「――……っ!」
シャーロットはあまりの恥ずかしさに耳まで紅潮させていた。もう目が回っている。側で聞いていた令嬢達も、あまりの甘い台詞の数々に当てられて、赤面していた。
(あまい、甘過ぎますわ……!)
「ほ、本気でおっしゃっておられるのですか……っ?」
シャーロットはようやく言った。
「もちろん。俺は決して嘘は言わない」
オリヴァーはそれから声量を落として、ボソッとつぶやく。
「これだけ俺が君に首ったけなのが分かれば、もう彼女たちも嫌がらせをしてこないだろう?」
「! オリヴァー様……」
シャーロットは納得した。
(あの娘{こ}達を牽制するために言ってくれたんだわ。そうよ、それだけよね……)
分かっていたけれど、少し残念だった。
(いつか本当に私を好きになってくれたらいいな……って、今はそれどころじゃないわ。とんでもないことになったのよ……!)
「それでは私たちはこれで失礼する」
オリヴァーはシャーロットを抱えたまま歩き出した。パーティー会場に戻るつもりのようだ。
「このまま、舞い降りた天使を我が屋敷行きの馬車に乗せてしまおう。逃げられないうちに」
「オリヴァー様、天使だなんて大げさですわ……」
「さあ、行こう」
オリヴァーはガラス扉に手をかけた。令嬢達はもう何も言えずに、去りゆく二人の背中を気が抜けたように見送っている。
(大変なことになってしまったわ)
――向こう見ずな逆プロポーズが成功するなんて……。しかも相手があのオリヴァー様なのよ。ずっと、ずうぅぅっと、恋い焦がれていた……。
(人生にこんな奇跡が起きるなんて、信じられないわ)
シャーロットは姫君のように抱きかかえられたまま、そっとオリヴァーを見詰めた。口角が上がり、少年のような生き生きとした表情をしている。一方彼女の方は、緊張し続けたせいで、もう正常に頭が働きそうにない。ただ制服越しに感じる、オリヴァーの穏やかな鼓動に耳を澄ませているだけだった。
(これから私、一体どうなってしまうの……?!)
二人を見下ろす美しい満月だけが、なんだか楽しそうに笑っていた。
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