第一部 1. 絹子おばさん

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第一部 1. 絹子おばさん

   私には美織(みおり)ちゃんという幼馴染がいた。  感覚としては従姉妹のような付き合いだったが、お互いのひいおじいちゃんか、そのお父さんが兄弟だったというくらいの遠い親戚だった。  美織ちゃんはとても綺麗なお母さんと二人暮らしだった。  美織ちゃんのお母さんのことを私は、絹子(きぬこ)おばさんと呼んでいた。  私の父と幼馴染で父より一つ年下だ。  絹子おばさんはいつもきれいな着物を着ていて、束ねた髪の毛を後ろでまとめ、細いうなじが幼い私が見てもぞくっとする艶めかしさだった。  きれいな標準語をしゃべっていて、東京の女子大を卒業したという噂だった。    絹子おばさんは、うちの家から見ると分家筋にあたる家の跡取り娘で、旦那さんがお婿に来て美織ちゃんが生まれた。    でも、美織ちゃんが赤ちゃんの頃に二人は離婚してしまい、お父さんはこの町を出て行ってしまったそうだ。    田舎の本家にありがちなことだが、お盆や正月、冠婚葬祭といえば親戚中が私の家に集まって宴会になった。  そういった集まりでは、席順は普通は歳の順だと思うのだけれど、なぜか一番若い(まこと)さんが一番奥のお誕生日席に座らされていた。  奥から大本家、本家、分家と並んで座っていくルールがあると、十代になってから知った。  誠さんはまだ二十代なのに、お父さんが亡くなって大本家の当主になったという理由で、上を見れば九十代のおじいさんもいる中で、一番偉い席に座らされていた。  すごく恐縮した様子で上座に座っている誠さんの姿は、子供心にも印象的だった。    誠さんの次には昨年までうちの祖父が座っていたけれど、祖父が亡くなって、私の父が座るようになった。  そして、父の隣には必ず絹子おばさんが座っていた。  誠さんは所在なげに座っているのに、まだ三十代の絹子おばさんはそれが当然というようにそこにいた。  まわりは男性、しかも五十代以上の人がほとんどなのに、その堂々とした様子は子供の私から見てもとてもかっこよかった。  うちの母や祖母、叔母たち――父の二人の妹――や親戚のおばさんたちが、宴席の世話に台所とお座敷を右往左往している中で、絹子おばさんだけ女王様みたいに見えた。
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