発明館の恋騒動

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・・・・・ ・・・・ ・・ それから数時間後。 「…本当に退散して良かったのかしらん。」 私は、授賞式直後に会場を出てきてしまった先生に尋ねました。先生は普段の数倍も速足ながら、どこか楽しそうにしています。 「良いに決まってるじゃないか玉雪君、授賞式は終わったのだよ。何より御覧!良く分からない何かも受け取ったことだしさ。」 先生は飄々と、先程授受された像をぶんぶんと振り回しました。しかし、どうにも私は、先刻あそこを去るべきでなかったという疑念が拭えません。 「ですけれど…皆様、もっと先生とお話したいと思っておられるようでしたし。」 「なになに構わんよ。そもそも来るつもりすら無かったのだから、これで十分だろ。」 私はこっそり溜息を漏らしました。 確かに先生の言う通り『授賞式』には出ましたが、その直後から開催された『懇親会』なる会合はなおも進行中であり、我々はそこからこそこそと逃げ出すようにして今に至るわけです。会場の雰囲気や参加者達の反応を見るにつけ、どうもこの『授賞式』は『懇親会』を含めた参加が前提であるような気がしてならないのでした。 「所で玉雪君。僕の演説、即席にしてはなかなかだったと思わないか。」 先生は像を肩に担ぎつつ、ニヤリと振り返りました。 「えッ、即席でしたの!」「ああ。」 こともなげに言う先生ですが、大賞受賞者として先生が放った言葉の数々は、それはもう知己に富んだ傑作で、私は感動の涙すら浮かべたものでした。それを、即席って…そもそも演説なんて、事前に連絡があったに違いないのに、お手紙をちゃんと見てなかったに違いない……等等と様々な想いが入れ違い、私はやや皮肉めいた気持ちになりました。 「先生には政治家が向いていると思われますわ。」 「…どうして。」 そこで先生はようやく足を止めました。楽しそうな瞳に、ようやく光が宿ったように思われます。 「だってあのような名演説を、一瞬で拵(こしら)えられるんですもの。選挙の時など役立つに違いありません。」 「フム、それも好いかもしれない。」 「…本気ですの、先生?」 「政治家になって、懇親会なる無為な会合を禁止する法案を成立させるのも面白い。」 「そんな法案成立させずとも、こうしておさぼりになる方がいらっしゃるではありませんか。」 「さぼるとは…中々失敬な大家だ、君は。」 「失敬な『メエド』とお呼びくださいまし!」 やいのやいのと言いながら歩き始めますと、廊下の影からふと誰かが現れました。先生の周囲の空気が、瞬時に殺気を纏います。そして、現れた人物より先に口火を切ったのは先生でした。 「萬造寺君。こんな所で何してる。」 そこにいたのは麒麟児様もとい、2番目の賞を獲った作家の萬造寺様でいらっしゃいます。萬造寺様も意外そうに、大きな瞳を瞬かせます。 「…黄堂君こそ。懇親会は良いのか?」 先生が眉間に皺を寄せ『お前こそ』といいかけた瞬間 、萬造寺様は私に目を留めました。 「黄堂君、こちらは?」 挨拶をしようと口を開いた瞬間、 先生はすいと私の前に体を出しました。 「ナニ、ちょっとした知り合いだよ。じゃっ用があるから、もうこれで……」 「待ち給え、水臭いじゃないか。ねぇ、お名前を伺っても?」 私は先生の横から顔を覗かせ、やや早口に挨拶いたします。 「私、井形玉雪と申します。本日は先生のお付きで参りました次第でございます。」 「ほう…黄堂君とはどういったご関係で?」「用があるのだと言ってるだろう!!」 「関係ですか…」 私は大家でメエドでありますが、いかに説明したものか。興味津々の萬造寺様と先生を交互に見遣った挙句思考が混乱した私は、高らかに宣言しておりました。 「私、黄堂水仙先生付きメエドとして、雇用関係に置いていただいておりますッ!!」 「…は?」 「はッ!メエドでございますッ!!」 「嗚呼ッ………。」 なぜか先生は頭を抱えてうずくまり、萬造寺様ははっしと私の手を握りました。 「面白そうすぎるじゃないかッ。是非とも詳しい話を聞かせてくれないか…」 しかし先生はズバリその手を振り解きます。 「否、駄目だ。絶対に否。さあ、失礼しよう!」 「でも先生…」 少しくらいと云いかけた私は先生の瞳が壮絶な脅しの色を纏っているのを見て、息を吞みました。 「これは『主君の命令』なのだからね……」 「ま、萬造寺様、失礼いたしますッ!!」 先生はそのまま脇目も振らず、生粋の韋駄天・玉雪を上回る速度で街を駆け、我らが発明館に帰着したのでありました。
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