出会い

1/1
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

出会い

「もうちょっと…」 机の上に上がって、合格者の名前を貼り出すのに、背伸びしてるあたし。 けど、ほんのわずかのところで届かない。 困ったな、これで最後なのに。 「ふー」 ひと息、気合い入れて背伸びする。 「…っ」 まだ、届かない。 「やってやるよ、ちょ、降りて」 ふと聞こえた声の方を見ると、 「ほら、降りて」 机に片足、引っかけてる。 「あっ、うん」 促されて机から降りると、あたしに声を掛けてくれたその子は難なく貼ってくれて、 「ん、できたよ」 「…ありがと」 この子…サッカー部の、部長さんだったかな。 確か名前は…登村海羽(とむらみう)、くん、よね。 「あの、登村くん?」 「はい、てか知ってんだ、オレの名前」 「サッカー部の部長さんでしょ、知ってるわよ、ありがとう、助かった」 「こんなんいつでも、またなんかあったら、じゃーね」 「うん」 手をひらひらさせて行っちゃった。 サッと来て、さらっと手伝ってくれて、爽やかな子 モテるんだろうな、いい匂いしてたし そう思いながら後姿を見送って、職員室に戻る。 「あ、美桜(みお)先生、また電話あったんで、お願いしますね」 「…はい」 貼り終えたばかりで、また椅子を出しての作業は少し手間だけど 合格者が増えるのはうれしいこと。 薄桃色の細長い紙に印刷された名前と大学名、学部を眺めて おめでとう、って心の中でその子に伝える。 このときのために、寝る間も惜しんで勉強に励んでるのを知ってるから、その子の顔が浮かんできて、じーんとする。 あたしが勤めている中学受験のみの中高一貫男子校は、教育方針や環境、進学実績などから人気が高く、中学に入学したときからポテンシャルの高い子が多い。 勉強もスポーツも、中には音楽をやってきた子もいて、ハードな勉強のほかにもいろいろがんばってるなんて、ほんとにすごいなと思う。 中学に入学したばかりの頃は、声変わりしてなかったり、あどけない表情が残っていたりした子も成長して、自分の進路のためにものすごい努力をしてる。 合格すると、桜のマークとともに、生徒の名前と合格を得た学校名、学部、学科を印字して、職員室の廊下の、天井に近いところから貼り出していく。 全員が希望のところに合格するのは難しいけど、でもみんなにサクラが咲くといいな、って願ってる。 大学の合格発表は毎日あって、生徒が自分で電話連絡することになってるけど うれしくて涙声の子もいれば 悔し涙の子もいる。 頑張りが報われますように、と思うと同時に 先輩たちのガッツを、後輩たちも見るんだよ! そう思いながら、毎日貼ってる。 「あ、また増えた」 「な、佐藤先輩の、ある?」 「えーと、あ、あるある、すげー!医学部だって!」 「やっぱな、学年トップだもん」 「まじか、やべーな」 うんうん、発表知ったら、みんなうれしいよね、って思う。 ここの職員室の廊下はグランドに面してるから、中学生も高校生も、保護者も通る。 貼りながら、今の声は中学生かな、と思ったら、廊下の向こうにさっきの…登村くんが見えた。 「美桜せんせ、手伝おっか?」 やっぱり、登村くんの声。 「ありがと、だいじょ、ぶ」 伸びたら、今度は届いた。 机から降りるとき 「ね、届くのはいんだけどさ」 あたしの耳元に近づいて 「スカートじゃねぇ方がいいと思うよ」 そう囁いて、行っちゃった。 登村くんの低音ボイス…ことん、と胸に響いて 待って、あたし教員だよ、ってひとりで慌ててた。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!