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えっ?と奏は目を見開いて20センチ程の距離まで近づく朔と目を合わせる。もちろん台本の通りで行けばドラマのヒロインの名前を呼ぶはず。
だからと言って朔の表情からはふざけた様子はなくテレビで観る役者の顔だ。
『えっ、、朔?』
「奏はさ僕の事どう思ってる?」
『ちょっどうしたの?台本と違うー…』
さらに顔が近くなり今にも鼻が当たりそうな距離に思わず顔を背けた奏。その時、朔の口唇は一瞬だけど奏の頬に当たってすぐに離れた。
恥ずかしさよりも突然浮かんだ千遥の顔に気が咎める思いに包まれて戸惑いの表情を見せる。
「奏そんな顔しないでよ。ほら感情移入出来るようにアレンジしてみただけ、怒った?」
『いや怒んないけどさ、、ちょっと驚いた』
「ごめん冗談が過ぎたね。でもこれで感覚つかめたからこのシーンの撮影うまくいきそうだよ」
『……そう。それならよかった』
特に変な意味はない事はわかってるが朔の目のいつもの優しくキラキラしたものではなく、その奥に潜んだ何かが見えたような気がした。
二人は同時に体を起こして、奏はテーブルの上のジュースに今日伸ばして口に運ぶと思った以上に乾いていた喉がぐんぐんと吸収していく。
その様子を朔はあぐらをかいて両手を後ろついて頭を肩に乗せてじっと見ている。
「ねぇ、1つ聞いてもいい?」
『あっうん』
「奏は今恋してる?」
『えっ何その質問唐突に!?』
キス未遂をしたかと思えば今度は恋愛話。もちろん千遥との関係を知ってるはずはない、、とは言え内心ドキドキさせられる場面が続く。
「ほら、こういう仕事してると恋愛とかさ普通の人みたいに簡単にできないじゃん。だけど誰かを好きになる気持ちは止められないし、そういう時はどうすればいいのかなって」
『えっどうだろう、、わかんないよ』
「でもさ現役高校生で共学でしょ?気になる女子ぐらいいるんじゃない?別に誰にも言わないからこっそり教えてよ、俺らの仲じゃん」
朔は面白がって聞いてくる。もちろん気を許す仲になったけれど絶対誰にも知られてはない千遥との関係。
『いない!いない!学校にはそんな人いないから』
「にはってことは学校以外でいるって事?えっ誰?もしかして業界の人とか?」
『いやだから!そうゆう意味じゃなくてっ』
畳み掛けるように朔のペースにまんまとハマってしまいそうで下手に喋らない方がいいとそれ以上は口を噤んだ。
「嘘、嘘ごめん。でもそれでいいよ。だって今の俺たちにとっては恋愛は障害でしかないからね」
『……障害?』
「そう。人気商売でやってる以上はファンには夢見せなきゃ。それに相手にも迷惑がかかる事だからね」
『うん、そうだよね、、』
朔が言う言葉は反論の余地もなく全くもってその通りだと思う。それを分かっていても抑えられない感情のまま突っ走ったのはアイドルとして失格なのかもしれない。
それは相手が女性でななく男性だとしてもきっと同じ。そしてこの関係に良い結末なんてあるのか。そんな事を思えば思うほど奏は自責の念に苛まれる。
「それにアイドルなんていつまで続くか分かんないし。奏だから言うけど、俺はいつまでもアイドル続ける気なんてないからさ」
『そうなの?勿体無いよ!俺は朔はアイドルにすごく向いてると思うけど』
「ふっ。自分の生活を犠牲にしてまでアイドルなんてやりたい人ほんとにいると思う?」
そう言った朔の目は見た事ない完璧なキラキラしたアイドルからかけ離れた、蔑んだ目と冷たい笑みを浮かべて言った。
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