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県警本部の便所で堂園晃が死んだ。堂園は死んだのだ。監視の隙をついてズボンを首に巻きつけ、自らの生命を絶った。それはのどかちゃんの遺体が発見される直前のことであった。走入は積年の恨みを果たしたことになる。だがもはやそこには勝者もなければ敗者もなかった。いやむしろ公安警察官走入益世警部補こそが敗残者なのであった。マスコミは現職の公安警察官の不正と犯罪を大々的に取り上げた。走入警部補は女児誘拐殺害の犯人として連日報道され、無様な晒し者となった。走入が堂園を陥れるため犯した違法行為もまたそのことごとくが衆目の知るところとなっていた。逃れ続ける走入には、どこまで行っても安住の地はなかった。怨恨の渦はとぐろを巻きながら、恐ろしい勢いですべてを飲み込んだのだった。 走入は公衆便所の個室の中にいた。走入は憔悴しきって便座に座りこんでいる。走入は拳銃を取り出した。走入は銃口を口に咥えた。今このとき、走入が思い浮かべているのは、出口の見えない暗黒の青春にもがき続けた十代半ばの頃の自身の姿であった。十代半ばにして社会の底辺に蹴り落とされた走入益世に対し世の中全体が冷酷な視線を向ける中、ただひとり手を差し伸べてくれた人がいた。橋本巡査。走入は橋本巡査という人が好きであった。 俺は橋本巡査になりたかった。だが橋本巡査にはなれなかった。俺は橋本巡査を慕う一方で、うだつの上がらぬお人好しの橋本巡査を心の中の何処か片隅で密かに軽蔑していたからだ。そんな俺が橋本巡査のような誠実な警察官になれるはずもない。 走入益世は固く目を閉じた。咥え込んだ銃口に舌先が触れている。舌を介して走入の体温が拳銃に伝わり、冷たかった銃口が生ぬるさを増してゆく。 もう一度、中学生をやり直したい。 叶わぬ夢を思いながら、引き金に添えた指先に、最後の力を込めた。 了
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