僕はハーモニーを知らない

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 その日もいつも通りの朝から始まった。  街中に響く「ド」の音で目覚めると、クローゼットに吊るした服から今日の一着を選び、身支度を整えて12枚切りのパンを食す。コーヒーを飲みながら届いたばかりのリゴーレ新聞に目を通せば、1面に奇妙な見出しが躍り出た。 〈スミスの鍛冶屋から楽器が全部盗まれる〉  ーー伝統的なフラペ奏法を受け継ぐ「スミスの鍛冶屋」から、フルートやクラリネットなど鍛造した12の楽器全てが盗まれる事件が昨夜起こった。店主は「こんなことは長い歴史のなかで初めて。絶対に犯人を捕まえてハーモニーを取り戻してほしい」と強く求めた。警備隊(マーチ)は、現場の状況から計画的な犯行で複数犯の可能性もあるとして捜査を進めている。ーー  スミスの鍛冶屋は、この街の看板とも言える歴史の古い鍛冶屋。写真にはいつ見ても荘厳な石造りのお店と、捜査に当たる警備隊の姿が映っている。  店主が言うように、街全体としてはハーモニーを乱す不穏なニュースだ。きっと、今日のクラスでも話題になるに違いない。  けれど僕は一人、妙な高揚感を感じていた。この街で盗みを働く、しかもよりにもよって楽器を盗むということは確実に不協和音(ディスコード)の重罪。犯人はきっとそのことを知っている。知った上であえて盗んだんだ。理由はわからない。だけど、この街が骨の髄まで信じている調和を見事に崩したこの事件に密かに心躍らせながら、僕は鍵盤を決まった順番で鳴らしてスクールから支給された情報端末を起動させた。
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