連れション

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連れション

 ……そこは(くさむら)でした。  時代物映画の撮影現場は、山の中がほとんどで、筆者(わたし)がエキストラとして参加したのは、おもに滋賀県の山中が多かったです。  直接、現地の最寄り駅前で集合する場合や、京都の太秦(うずまさ)東映撮影所にまず行って、そこでチョンマゲ、化粧などをしてもらい、衣装を着てから、数台のバンに分乗して山の奥へ……といったケースもありました。  奥深い山の中とはいえ、ひらけた草原があって、そこにあらかた撮影用のちょっとした長屋や小屋などが建てられていました。おそらく汲み取り式のトイレもあったはずですが、鎧を着て、兜をかぶって……トイレに並ぶのはあまり見かけませんでした。大便の場合は並んでも……というところなのでしょうけれど、男子のおしっこの場合は、手っ取り早く、草むらで……というのが当たり前でした。  というか、それがとても自然な姿で、さらにいえば合理的処方なのでしょう。  立ちション。  連れション……  このフレーズは、なんともいえない奥ゆかしさを秘めていますね。この単語を繰り返すだけで、妙にドキワクしてくるのです……  あるとき、中村獅童さん(徳川家康の謀臣・本多正信(ほんだまさのぶ)役)が、(よろい)姿のまま草むらに駆け込むのを見かけて、 (おおっ、これは、のチャンスだぞ!) と、なかば感激しつつ(!)、すかさず、何気ない顔で、獅童さんのあとを追って、なにも言わず、黙ったまま並んで(とはいえ5m以上離れて)おしっこを(笑)したのでした。  鎧をつけていても、下袴はわりと簡単におろせます(とはいえ、多少、手間取りますが)。  だから、黙々と用を足すのです……。    もとより獅童さんとは、言葉を交したことも、面と向かって挨拶したこともありません。ただ互いが、相手を草木(くさき)の一部と思いながら、黙ったまま、“我、関せず”の感覚で用を足すのみでした。  女子(じょし)はあまり実感はされないでしょうけれど、男の場合、しかも、鎧兜をかぶっている場合などは、用を足したあと、からだをはげしく揺さぶるのですよ。これは駅のトイレなどでもよく見られる光景なのですが、鎧を()けているとなおさら、その揺さぶりは激しくなります。なぜなら、おしっこのを大切な衣装に残しかねないから。  そして、そのときに、カチャカチャと鎧、刀などが音を立てるのです。  それを擬音として表現するのは、なかなか難しいのですが、その音こそ、筆者(わたし)が時代物小説を書いているとき、いつも、思い出し、頭裡に思い浮かべる必要にして不可欠な小道具そのものなのであります。  鎧の音、刀剣の音、風の音、人声、足音、ざわざわ感、草木の音(声)……。  筆者(わたし)が、エキストラを()ることに決めたのは、実のところ、創作に役立てるためでした……  
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