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01
拘束された男が土を食わされていた。
複数の兵から地面に頭を押しつけられ、必死になって暴れている。
当然、逃げ出すことなどできない。
それでも足掻く男と兵士たちの前に、ある人物が現れる。
「ま、まさかおまえが、あの人食い鬼か……?」
暴れていた男の動きが止まった。
目の前に立つ女の姿から目を離せなくなっており、その両目は見開いている。
女は男に近づくと、腰に帯びていた太い鉄の棒に手をやると、ゆっくりと引き抜く。
「仕事のせいか、そんな呼ばれ方もするな」
そう答えた女は、手に握った鉄の棒で男の頭を突いた。
彼女は国の外れにある街――この国境街で警備隊長の任に就いているグレース·ネバーフロストという。
疑わしい者や街で見慣れない人間を見つけては捕え、ろくに調査もせずに殺してしまうという女だった。
その冷酷無比なやり方から、いつからか人々は、彼女のことを人食い鬼と呼ぶようになった。
その2メートルはある高い背丈や、表情のない作り物のような美しい顔も、彼女がそう呼ばれるのに一役買っている。
突かれた痛みで男が呻くと、彼女は言葉を続ける。
「名前はガリアム、これまでに9人殺し、金品を巻き上げて逃げ続けていたお尋ね者。この街へ来た理由は、国境を越えて他国へと逃げようとしていたといったところか」
「ちょっと待ってよ!? 俺はガリアンなんて名前じゃねぇ! ギャブルだ、ギャブル! 勘弁してくれよ、警備隊長さんよ!」
人違いだと男は声を張り上げたが、グレースは兵士たちに指示を出した。
周囲にいた兵士たちが、分厚い刃をもった斧と低い台を用意する。
そして、暴れる男を台に首を乗せ、力づくで押さえつけた。
片刃の斧は男の首の後ろに固定され、少しでも動かせば皮膚を切り裂かれるところで止まっている状態にされる。
「やめろ、やめてくれ! 死にたくない!」
「正直に話せば、考えんでもないぞ」
「わかったよ! あんたの言う通り俺はガリアムだ! 9人殺して金品を巻き上げて逃げ続けていたお尋ね者だ! この街へ来た理由も国境を越えて他国へと逃げようとしてたんだよ!」
ガリアムは罪を告白した。
ギャブルは街に来るまでに考えた偽名であることや、知られていない悪行もすべて洗いざらい話した。
話を聞いたグレースは、握っていた鉄の棒を地面にドンと下ろす。
それから彼女は、台に押さえつけられているガリアンの耳元に顔を近づけた。
「自白したな。罪人は死刑だ」
「なッ!? 話が違うじゃねぇか! 正直に言えば許してくれるって!?」
「許すなど一言も口にしていないぞ。では、これより刑を執行する」
「この鬼がぁぁぁッ!」
ガリアムが叫ぶのと同時に、グレースは鉄の棒を振り落とした。
鉄の棒は固定された片刃の斧へと落とされ、鮮血と共に彼の首も地面に転がった。
――刑の執行後、ガリアムの死体は街に晒されることはなく処分された。
このことは離れた国には報告はされたが、街に住む者らは知らず、普段通りに過ごしている。
屋台が並ぶ、活気にあふれたいつもの国境街。
そこへ、今朝この街にたどり着いた者らがいた。
背負っている荷物に、纏っているケープ、被っている円形のバレット帽子――ひとりは身なりからして行商人の女。
もうひとりは髪の短さや体格からして、女の息子だと思われるふたりだ。
彼女たちは街へと入ると、ホッとした表情を浮かべどこか休めるところはないかと、フラフラと歩を進めていく。
「ようやく国境街です。この街から少し行けば、国の外へ出られますよ」
「ああ、アンナ。やっと休めるのね。もう一歩だって歩けやしないわ」
「おいたわしや、ライーザお嬢さま。ですが、もう少しの辛抱です。宿を探して足を休めましょう」
ふたりは商人の親子ではなかった。
女はアンナといい、息子だと思われた少年のほうはライーザという少女だった。
ライーザは貴族の娘で父が無実の罪で死刑になり、一族は皆殺しにされたが、間一髪のところを侍女だったアンナによって助け出された。
彼女が髪を短くした理由は、女であることを隠すのと、行商人になりすますためだろう。
女のふたり旅よりも母と子ということにしたほうが、何かと都合がいいのだ。
ライーザは、最初はその長く綺麗な髪を切ることを拒んだが、その自慢の頭髪が命を縮めると説得され、涙ながらも切り落とした。
服も従者が着るような汗と垢が染みついたものを身に纏い、これまで箱入り娘だった彼女にとってはかなりの屈辱だったが、生きるためとなくなく商人の息子を演じている。
ふたりが宿を探していると、そこへ警備兵を引き連れた女の姿が目に入った。
この国境街の人食い鬼と呼ばれている警備隊長――グレース·ネバーフロストだ。
ライーザはグレースの姿を見て、思わず息を飲んだ。
足を止め、体を震わせながら両目を見開いている。
そんな彼女の耳元に、アンナは呟くように声をかける。
「立ち止まってはいけません、お嬢さま。怪しまれますよ」
「あれが人食い鬼……。あの冷たい顔、本当に人間なのかしら。それに背丈も。とても女性とは思えないわ」
ライーザは、グレースの容姿に恐怖を覚えていた。
血の気の引いた白い顔に、屈強な警備兵たちの誰よりも高い身長を見て、噂通りにまさに人食い鬼だと。
グレース·ネバーフロストが少しでも怪しいと思えば、たとえ罪を犯していない者でも捕らえ、その者の肉を喰らうとまで言われている。
事前にその話を聞いていたライーザは、慌ててフードを深く被り、アンナに言われるがまま足早にその場を去っていった。
去っていく行商人の母子を見たグレースは、後をついて来ている警備兵らに声をかける。
「あの行商人たち、見ない顔だな。それに商人にしてはずいぶんと荷物が少ない。馬もなしにというのも気になる」
そう口にしたグレースに、警備兵のひとりが答えた。
きっと商売を終えた帰りだろう。
今どきは食べていくために女の商人もめずらしくない。
おそらくは旦那を亡くした女が、しょうがなく慣れない行商を息子と共にやっているといったところではないかと、よくある話だと口にした。
「そうか。言われてみればめずらしくもないな」
グレースは表情ひとつ変えずにそう言い返すと、警備兵たちと共に見回りを続けた。
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