彼女は二人いる

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 八月某日、午後六時。  オレンジ色に染まる空の下、ポケットの中のスマホが振動する。  今は彼女と海が見える公園でデート中だ。電話は無視しようと思ったが、振動がなかなか止まない。  俺は渋々スマホを取り出した。画面には『唯』と表示されている。 「将太。電話でないの?」  彼女のよく通る声が隣から聞こえた。ぞくっと寒気がする。背筋に冷水を垂らされたみたいだ。  おそるおそる通話の表示をタッチした。 「……もしもし?」 『将太? 今どこにいるの?』 「そりゃお前……大学の友達と買い物だよ」  咄嗟に嘘をついた。この嘘に意味があるのかわからない。だが、俺は今ありえない状況下にいる。用心するに越したことはない。 『友達と? ふふっ、なんか嘘くさーい』  スマホ越しに唯の笑い声が聞こえた。本気で疑っているわけではなく、からかっているような調子だ。 「嘘じゃないっつーの。先週会ったときに言ったじゃん」 『そう? ま、いいけど。暇だったら会いたいなって思っただけだから。また連絡するね』  唯はそれだけ言って通話を切った。 「電話、誰だったの?」 「同じ学部の友達だよ」  彼女の問いに俺はまた嘘をついた。 「友達? ふふっ、なんか噓くさーい」  彼女はけたけたと笑った――電話の向こう側にいた唯と同じように。  おもわず身震いする。日常が音を立てて崩れる音が聞こえた気がした。  唯から電話がかかってくるはずがない。  だって、今俺の目の前にいるのは交際中の彼女……唯本人なのだから。  ◆  公園といっても、遊具がある児童公園ではない。県内でも有名なデートスポットだ。カップル用にベンチがいくつもあり、屋台などもある。敷地はかなり広い。 「将太。私、喉かわいちゃった」 「……ああ。何か買うか」  歩きながら答えるが、正直、上の空だった。  唯は目の前にいる。顔も声も笑い方も、全部本人のそれだ。  では、さっきの電話の主は誰だったのだろう。  スマホ画面に「唯」と表示されていた以上、唯のスマホからの着信であることは間違いない。  ……誰かが唯のスマホから電話をかけているのか?  いや。先ほど唯はちらっとスマホを見ていた。ピンク色のスマホケースを付けていたが、それは彼女のものである。それに電話越しなので確実でないが、電話の相手の声も笑い方も唯そのものだった。  つまり、唯が二人いることになる。  ……そんな馬鹿な話あるか。  だが、この怪奇現象に納得できる説明が思いつかない。  こんな話、唯にも相談できない。からかわれるか、俺と同じように怯えるかどちらかだ。  ……くそ。俺はホラーが苦手なんだ。勘弁してくれ。 「おー。屋台、たくさんあるね」  並ぶ屋台を見ながら俺の前を歩く唯。綺麗な黒髪ロングの上にキャップを被っている。デニムのジャケットを羽織っていて、下は白いスカート姿だ。  昔はもっとガーリッシュな服装を好んで着ていたが、最近の唯はキャップばかり被っている。マイブームなのだろうか。 「あ、七色トロピカルドリンクだって! 綺麗だねぇ。私、これにしよっと」 「じゃあ俺もそれにする」  唯にならってドリンクを注文した。  名前のとおり、プラスチックカップには七色の液体が入っている。とても綺麗だ。SNSに写真を投稿すれば、結構いいねがもらえるかもしれない。  ベンチに座ると、唯が早速それを飲もうとする。 「唯。写真撮らないのか? お前、こういうのよくSNSにアップしてるじゃん」 「あー。それがさぁ、スマホの充電切れちゃって」 「マジか。充電器持ってないし……んじゃ俺の使う? あとで写真送るよ」 「お。気が利くね。さんきゅ、将太」  唯は俺のスマホを手に取ると、慣れた手つきでドリンクの写真を撮った。 「ありがとー、将太」 「あいよ」  返却されたスマホをポケットにしまい、会話をしながらドリンクを飲む。怪奇現象のことで頭がいっぱいだから、味なんてわからない。 「あー、失敗した。今日、将太に買ってもらったワンピース着て来ればよかったな」  ワンピース……俺が唯の誕生日プレゼントに買ってあげたヤツか。真っ赤なワンピースで少々派手だが、たぶん唯は着こなせる。彼女はスタイルがいいし、センスもある。小物と組み合わせてオシャレに決めるだろう。  性格もいいし、料理も得意。俺にはもったいない、できすぎた彼女だ。何もかもが完璧で、少しくらい欠けているところがあってもいいのではないか、というのが俺の不満だ。 「あれかー。唯に似合うと思う。いやマジで」 「えへへ、ありがと。足元は白いサンダルで、去年買った麦わら帽子とか被っちゃったりしてねー。ほら、あの青いリボンが巻かれてるやつ」 「ははっ。さすがに麦わら帽子は似合わないんじゃないか?」  などと笑っていると、ふと派手な服装の女性の姿が視界に入った。少し離れたところに立っている。 「……は?」  俺は言葉を失った。  彼女は青いリボンのついた麦わら帽子をかぶっている。長く伸ばした黒髪が風に揺られていた。真っ赤なワンピースも着ている。足元には白いサンダルだ。  同じ髪型なのは偶然で済ますことができる。だが、あの服装一式すべて被るなんてありえるだろうか。  電話越しに聞こえた唯の笑い声が脳内に再生される。  まさか……本当に唯が二人いる?  おもわず赤いワンピースの女性を指さした。 「ゆ、唯! あそこ! お前そっくりな女の子!」 「え? どこ? どんな服装?」 「赤いワンピースに麦わら帽子! 今話していた格好だ!」 「えー。いないよー?」 「目立つからすぐわかるよ! ほら、あそこに……あれ?」  いつのまにか彼女はいなくなっていた。 「あはは。そんな独特なファッションセンスの人いないよ」 「い、いたんだって!」 「何かと見間違えたんじゃない?」  見間違えた……?  そんなはずはない。あんな特徴的な服装の女性をどう見間違えるというんだ。 「たしかにいたんだよ……唯と瓜二つの女の子が」 「でも消えちゃった……もしかして、幽霊?」  幽霊だって?  じゃあ、俺の目の前にいる唯は誰だよ。  あれが幽霊だとしたら、唯はとっくに――。 「私、死んでるの……くけけ」  俺の思考を読んだかのように唯は言った。普段の穏やかな表情は消え失せ、醜く歪んでいる。目は大きく見開いていて、墨汁のような黒目に吸い込まれそうだ。笑い方も恐ろしく、口が裂けるのではないかというくらい横に広がっている。あんなに綺麗だった顔の造形は、今では醜悪でおぞましい。  夏なのに全身が寒くなる。血液ではなく、氷水が体内に流れているみたいに体の内側が冷たい。 「ひぃっ……!」 「あははっ! 冗談だよ。私は幽霊じゃない。そんなに怯えないで?」  唯はけたけたと楽しそうに笑った。今はもう、いつもの優しい表情に戻っている。  なっ……演技だったのか? 「おまっ、マジでビビるからやめろ! 俺がホラー苦手なの知ってるだろ!」 「ごめんってばぁ」  唯はストローに口をつけ、美味しそうにドリンクを飲んでいる。  ……そうだよな。幽霊なんていないよな。  ――じゃあ、あの電話は誰からだ?  安心したところで、再び恐怖が心を支配する。  俺は安心を求めるように、唯の手を握ろうとした。  しかし、唯はさっと手を引っ込めた。 「だーめ。人の目があるところで手を繋ぐの、恥ずかしいもん」 「そ、そっか。悪い……」 「ほら。そろそろデートの続きしよ?」  促されて、ドリンクを飲む。その間、唯は楽しそうに春香の話をしてくれた。春香は俺と唯の共通の知り合いで、同じ大学に通っている。 「春香ってば、山本教授のモノマネが上手くてさぁ。『はい、ちゅうもぉくでぇすよぉ!』ってやつ、めっちゃ笑えるの」 「ははっ。なんか想像つくな」 「犬とかカエルの鳴き真似も上手でね……あ、私の真似もするんだよ。今度、動画撮って見せてあげる」  唯はいつも以上に饒舌で笑顔だった。もしかしたら、俺がだいぶ怖がっていたから気をつかってくれたのかもしれない。  しばらくして、ドリンクを飲み終えた俺たちは席を立った。 「唯。ゴミ捨ててくるよ」  俺は唯が持っているプラスチックカップに手を伸ばした。  そのとき、彼女の手に触れそうになる。 「イヤぁぁッッ!」  耳を劈く悲鳴が公園に響く。それと同時に、周囲からの奇異の視線が一斉にこちらを向いた。  彼女の声に驚いたのか、カラスが夕焼け空を逃げるように羽ばたいていく。  はぁ、はぁ、と息を荒げ、自分の身体を抱きしめる唯。額にはうっすら脂汗が浮かんでいる。 「お、おい! 唯、どうしたんだ!?」  尋ねても、唯は俺と目を合わそうとしない。  そのかわり、おどけたように言った。 「……あー、びっくりしたぁ。静電気、すごく痛かった。変な声出してごめんね」  唯はその場で何度か深呼吸をした。顔色は優れないのに、何故かぎこちなく笑っている。 「……大丈夫か? 体調悪そうだ。少し休む?」 「あはは。体調崩すほどの静電気ってなにさ。私はへーき」  どこがだよ。まったく平気そうには見えないぞ。 「ほら。デートの続きしよ?」 「……わかった。無理そうならすぐ言えよ? タクシー拾ってやるから帰ろう」 「さんきゅ。珍しく優しいじゃん」  そう言って、唯はニヤリと笑った。まだ俺をからかう元気はあるらしい。  俺は唯の体調を気にしつつ、公園内をゆっくり歩いた。  歩きながら唯と会話しているが、頭では別のことを考えていた。  ……静電気なんて起きてなかっただろ。俺の手にはわずかな痛みさえなかったぞ。  唯は嘘をついている。彼女が豹変したのは静電気が原因じゃない。俺の手が触れそうになったからだ。  ……そういえば、唯は手を繋ぐのも嫌がったな。  触れられたくない理由……幽霊だから、とは考えられないだろうか。  一般的に幽霊は物理的な接触ができないとされている。壁をすり抜けたりできるのもそのせいだ。  やっぱり幽霊なのか……?  わからないことだらけで、不安だけがしんしんと心に降り積もる。  ここにいるはずの唯からの着信。目の前に現れた二人目の唯。俺をからかう唯の醜悪な顔。俺に触れたがらない理由。そして、触れようとした瞬間の豹変。もう何もかも信用できなくなっている。  この子は……本当に唯なのか?  電話をかけてきた相手は誰だ?  元々ホラー映画は苦手だが、我が身に降りかかる恐怖は娯楽作品の何倍も恐ろしい。 「お、ここだ。いい眺めだねぇ」  気づけば、公園内にある高台へと移動していた。  視界を遮るものは何もない。遠くでは茜と黒が混じり合い、夜の訪れを告げている。やけに静かだ。ほんの小さな波が浜辺に押し寄せ、海へと返っていく。 「いい景色。ね、将太。私の代わりに写真撮ってよ。あとで送ってね」 「うん……わかった」  そういえば、スマホの充電が切れていたと言っていたっけ。今となっては、そんな些細な発言も信用できなくなっていた。  スマホを取り出し、パスワードを入力してロックを解除する。  瞬間、強烈な違和感に襲われた。  スマホはロックされている。  それなのに……さっき唯はどうやってドリンクの写真を撮った?  あのとき、俺はロックを解除せずに渡したはず。もちろん、俺は唯にパスワードを教えていない。  こいつ、俺のスマホのパスワードを知っていたのか……!  ……さっき、しきりに春香の話をしていたな。あれは俺の反応を伺う会話だったのではないか?  唯のヤツ、俺の『秘密』まで知っているのか?  背筋が凍る。  秘密がバレていたとしたら?  唯の果てしない怒りが生霊となり、怪奇現象をもたらした?  だとすれば、唯から着信があったことにも説明がつく。あれは霊的な現象だ。もう一人の唯が現れたのも、霊の仕業。唯が醜い顔で俺を嗤ったのは、霊が唯に憑依したから。  怪奇現象のすべてが「幽霊のせい」で説明がつく。俺の秘密を知った唯が生霊となり、俺の前に現れたのだ。  そうか、生霊だ。全部生霊の仕業……生霊?  本当にそうか?  さっきの推理を思い出せ。  唯が俺との接触を嫌っていた理由はなんて結論づけた?  答えは、幽霊だったから。  だとしたら……きっと唯はもう死んでいる。  生霊ではなく、悪霊の仕業なのだ。  どうして死んだ?  俺の秘密を知ったあと、ショックを受けて自殺したから。  そう考えると、今度こそすべての現象に説明がつく。  じゃあ、俺は……唯の幽霊に憑りつかれているっていうのか?  ピリリリリ。  手に持ったスマホから無機質な電子音が鳴る。恐怖のあまり、ひぃっ、と短く悲鳴を上げた。 「将太。スマホ鳴ってるよ? くけけ」  鼓膜にねっとりとまとわりつく嗤い声。  おそるおそる唯を見る。  彼女は大きく目を見開いて嗤っていた。俺を嘲笑い、愉しんでいるよな醜悪な笑顔。 「でなよ。くけけ」  唯は口角を大きく持ち上げる。血液みたいに真っ赤な唇は不気味な曲線を描いていた。  俺は震える指でスマホをタップした。  画面には『新着メッセージ一件』の文字が表示されている。  送り主は、唯だった。  いつのまにか自分の呼気が荒くなっていることに気がついた。喉に穴が開いたように、ひゅーひゅーと北風のような音が口から漏れる。  メッセージアプリを開く。  そこにはこう書かれていた。 『返せ……私の人生を返せ。それができないなら、お前の未来を奪ってやる……奪ってやる奪ってやる奪ってやる奪ってやる盗んでやる盗んでやる破滅させてやる人生めちゃくちゃにしてやる死ね泥棒死ね壊れろ壊れろ死ね死ね壊れろ壊レロ壊レロれろれろレろ――』 「あぁぁぁぁぁっ!」  絶叫し、スマホを放り投げた。  その場にしゃがみ込み、頭を抱える。  なんで。こわい。幽霊なんていない。人生とか未来って何。奪うって何。盗むって何。そんな泥棒みたいなこと。意味不明。嫌だ。死にたくない。壊されたくない。嘘だ。幽霊なんて――。  パシャ。  頭上からシャッター音がした。  おそるおそる顔をあげる。  唯はさっき投げ捨てた俺のスマホを手に持ち、気色の悪い笑みを浮かべている。 「思い出に写真を撮ろうよ――泥棒さん。くけけ」 「あ、あ、あ……ぁぁぁぁぁぁぁぅぅっ!」  声にならない呻き声をあげながら、俺はその場から走り去った。  心臓が破裂しそうなくらい鼓動している。全速力で走っているからではない。全身が底冷えする恐怖からだ。  だって。  両手で耳を塞いでも、まだ聞こえる。  ――くけけ。  どれだけあの公園から離れても、鼓膜の裏側にあの嗤い声がこびりついて離れない。  ◆  将太の背中が見えなくなったあとで、私は友人に電話をかけることにした。もちろん、彼のスマホを使ってだ。  パスワードはわかっている。220521。彼にとっての記念日だ。  電話帳を検索。『春香』ではなく『唯』に電話をかけた。 「もしもし。春香?」 『その声……唯? なんで将太のスマホから電話かけてるの?』  私は春香に一部始終を説明することになった――頭では、一連の流れを整理しながら。  私の目的は、将太を私が味わった地獄へ引きずり込むこと。  もっと言えば、『将太に浮気されて男性恐怖症になり、人生を壊された私のように、彼にも女の恐ろしさを身をもって教え、未来を奪ってやりたかった』からだ。  私が地獄へ堕ちた詳しい経緯を思い返してみる。ちょうど昔、春香に説明したときみたいに。  ある日、私は将太が春香とホテルに入っていくところを偶然目撃した。2022年5月21日。たぶん、春香と付き合った記念日なのだろう。将太はスマホのパスワードをこの日に設定していた。  幸せそうな二人の背中を見てパニックになった。私と将太は付き合っているのに。なんで親友の春香と……その日からしばらく嘔吐が止まらなかった。  体調が落ち着いてから将太と会った。でも、浮気のことなんてなかったみたいに、将太は私を抱いた。不潔で気持ち悪い男。どんな顔をして、どんな感情を抱いて、私と春香と交互にセックスしているのだろう。私は大好きだった将太のことが怖くなった。  この日から、私の身体に変化が起きた。男性と目を合わすのが怖くなったのだ。いわゆる男性恐怖症らしい。そのせいで、私は最近、外出時に必ずキャップを被ることにしている。深めに被ると、少しは視界が遮られていくらかマシなのだ。  症状は他にもある。男性に触れられると、パニックになってしまうようになってしまった。  今日のデート中、将太の手に触れられそうになったときは本当に怖かった。寒気を感じ、脂汗をかいてしまった。血の気も引き、吐きそうだった。  酷い人になると、電車などの交通機関で男性が近くにいるだけでもう無理らしい。その話を聞くと私はまだマシな方かもしれないが、もう元のような人生を送れそうにない。それくらい、男が怖くなった。  大学生活は楽しかった。春香がいて、将太がいて。それだけで幸せだったのに、浮気されて一気に地獄に堕とされた。  なのに、将太は素知らぬフリをして私と春香と付き合っている。  許せなかった。  私の人生を奪っておいて、のうのうと生きるなんて。私の人生を奪った泥棒男。返して。これから起きるはずだった、私の未来の楽しいことを全部返してよッ!  怒りが収まらなかった私は、将太の未来も奪ってやろうと考えた。  私の人生が返ってこないなら、彼にも同じ目を遭わせてやる。女性を見るたびに恐怖を味合わせてやるんだ。  私は春香に連絡を取った。案の定、彼女は私が将太と付き合っていることを知らなかった。泣きながら謝ってくれたし、私も許した。だって、悪いのは将太なのだ。春香は何も悪くない。  春香も私と同じく、将太に激しい怒りを覚えた。  そこで私は春香と共謀して、将太に恐怖を与えてやることにした。彼が怖がりなのは知っていたから、この方法が一番いいと考えた。  さて。ようやく本題。今日の流れを一から説明しよう。  まず私のスマホは充電切れなんかじゃない。春香に持たせていたのだ。デート中、将太のスマホに『唯』から着信があったのも春香の仕業だ。  ちなみに私も一応スマホを携帯している。私もスマホを持っていないと、将太に怪しまれるからだ。昔使っていた古いスマホに愛用のスマホケースを着せておけば、まぁバレないだろうと思った。実際、バレることはなかった。  将太はすっかり電話の声の主を私だと信じ切っていった。春香は私の真似が得意だし、電話と対面では声の聞こえ方が違う。微妙な違いくらいなら誤魔化せると踏んでいたが、見事に作戦は成功した。  次。デート中、私は事前に春香がスタンバイしてくれている場所へと向かった。春香には黒髪ロングのウィッグを付けてもらい、私の服を貸して着させた。将太の印象に残るように、彼が買ってくれた派手なワンピースとそれに不相応な麦わら帽子という服装。将太は私ソックリな春香を見て、完全に怯え切っていた。  そのあと、将太と手が触れられそうになったときは焦った。発作が出てしまったのだ。幸いにも触れる前に避けたので嘔吐するまでには至らなかったが、当たり前のように体調不良になった。  だけど、取り乱した私を見て、将太は心配と恐怖が去来する複雑な表情を浮かべていた。完全にアクシデントだったけど、結果的には恐怖心を煽ることができたみたい。  最後。春香に私のスマホから恐怖のメッセージを送ってもらった。この頃には、ようやく将太も自分の犯した罪と怪奇現象を結び付けた様子だった。おそらく、スマホのパスワードを私が知っていたことに気づいたのだろう。  自分の浮気がバレたことで、唯の怒りが生霊となって怪奇現象を起こしている……大方、そんな推理をしたのだろう。あるいは、すでに私がショックで自殺していて、怨霊に憑りつかれたとか考えていたら笑える。ばーか。あなたを地獄へ堕とすまで死ぬものですか。  春香に説明を終えると、彼女は笑っていた。どうやら今日の結果に満足してくれたらしい。  通話を切り、私は駅前へと向かった。  このあと、春香と待ち合わせをしている。駅の近くに女性専用カフェがあるのだ。そこで優雅に紅茶でも飲みながら、楽しく女子会でもしよう。  トークテーマは、将太を地獄へ堕とす方法パート2。  私たちの復讐は、まだ終わらない。
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